第43話 天使さんに、届きますように



「よし。」



しばらくして、エバンさんはウマスズメを止めた。そして自分が先に降りた後私に両手を差し伸べて、抱っこするみたいに降ろしてくれた。


恥ずかしくてたまらなくて、もう走って逃げようかと思った。



「こっち。」



そしてエバンさんは木にウマスズメを一旦くくって、自然と私の手を取った。そのまま木々の間に伸びている道の方へと、私を引っ張って連れて行った。



――――手、つないでる。



「足元気をつけてね。」

「う、うん。」



舗装されている道ではなかったけど、気を付けなければいけないくらい悪い道ではなかった。そんなことよりも手をつないでいることの方が一大事で、私は全く歩くことに集中できなかった。



「よし。」



しばらくすると、目の前の道が見えなくなった。

もしかしてあそこは崖になっていて、そのまま突き落とされるんじゃないかってバカみたいなことを考えた。



「おいで。」

「うわぁ…。」



そこはどうやら、この丘の頂上みたいだった。開けているその頂上から遠くの方を見渡すと、山の間から海が見えた。そして海には船が浮かんでいて、船の上では働いている人たちが忙しそうに動き回っていた。



「キレイでしょ。」

「うん。」



落ちかけている夕陽が、海を真っ赤に染めていた。海は赤くキラキラと光って、穏やかに揺れている。



「たまに何もかも嫌になったとき、ここに来るんだ。」

「いやに、なったとき?」



何が嫌になるんだろうと思ってエバンさんを見上げると、彼は少し困った顔で笑っていた。



「うん。僕のいる世界は結構ギスギスした世界でさ。そこに居たら僕の心までそうなりそうで。でもここに来ると思い出せる気がするんだ、優しい気持ちとかそういうの。」



エバンさんは言葉の通り、優しい目をして言った。まるでエバンさんの瞳は夕陽に染められた海みたいに見えて、思わず目が離せなくなった。



「どうした?」



しばらく見つめていると、それに気が付いたエバンさんがこちらをみた。私はそれでも目が離せなくて、ジッとエバンさんの瞳を見つめ続けた。



「エバンさんの目、夕陽に染まった海みたいだね。」



この穏やかな海みたいに、彼の瞳は優しい。燃えるように赤いその色のように情熱も感じるけど、その奥にはちゃんと暖かさも感じる。



「優しくて穏やかで、すごくキレイ。」



エバンさんがギスギスしたものに飲み込まれることなんてあるはずがないって思って、私は素直に言った。するとエバンさんの方が私から目をそらして、真っ赤な顔をした。


それが夕陽に染められているからなのか、照れているからなのかは、はっきりわからなかった。



「リア。」



すると目をそらしていた彼は、今度は私の目をまっすぐ見た。一気に恥ずかしくなって目をそらそうとしたけど、なんとなく目を見ていなければいけない気がした。



「君に初めて出会ったあの日。」



そう言われて私も、ダンスをしたあの日のことを思い出した。まだ半年くらい前の話なのに、エバンさんのことをずっと昔から知っているような気持ちすらなる。



「君の目を見て、思ったんだ。」



エバンさんはそう言って、すごく優しく笑った。



「まるでここで海を見ているみたいだなって、思ったんだ。」



同じこと考えてたんだ。

それを知っただけでなんだが胸が暖かくて、くすぐったい気持ちになった。



「君のどこまでも澄んだ瞳を見ていたら、君のまっすぐな言葉を聞いていたら、僕はなににも飲まれることなく、ずっと、自分でいられる気がするんだ。」



私だってそうだ。


私はエバンさんとは違って、2回の人生を通して人間の汚いところも見てしまっているし、そんな汚い人間に染まっていたことだってある。


そんな私でさえ、エバンさんの瞳を見ていたら、穏やかな気持ちになれる。



「リア。」



エバンさんはもう一度私の名前を呼んで、優しく頬に手を添えた。自然と私の顔はエバンさんの方を向いていて、もう顔から火が出てしまうんではないかって思った。



「僕は、君のことが好きだ。初めて会った、あの日から。」



そしてエバンさんは、とても優しい声で、はっきりと言った。

突然の告白に驚きすぎて、私の心臓はもう多分飛び出ていた。出てないけど。



「困らせてごめん。何も言えないよな。」



エバンさんは少し困った顔で、そう言った。私はなんとか首を横に振ってみせた。



「まだ言わなくていい。こんなこと本当は伝えるべきじゃないんだ。でもごめん、言わずにはいられなくなってしまった。」



「僕はやっぱり弱いな」と、エバンさんは笑った。私は「そんなことない」と、やっと言葉を絞り出して言った。



「リア。きっといつか迎えに行くから、その時は、返事を聞かせてくれる?」



私はやっとの想いで、首を縦に振った。知らないうちに胸の前でグッと握っていた両手は、汗でびしょびしょになっていた。



「これ。」



するとエバンさんはそう言って、胸のあたりから何かを取り出した。

それは小さくキラキラ光る宝石のようなものがついたネックレスで、エバンさんの瞳のように、赤く美しく輝いていた。



「約束の印として、持っててくれる?」



断る理由がない私は、それに小さくうなずいた。するとエバンさんは私をくるっと一回転させて、首にネックレスをつけてくれた。



「一回だけ。」



するとエバンさんは、私の背中にそう言った。私はまだ握ったこぶしが解けなくて、そのままエバンさんの言葉に耳を傾けた。



「一回だけ、抱きしめて、いい?」



ゆっくり私がうなずくと、エバンさんは私をゆっくりと自分の方に向けた後、勢いよく私を抱きしめた。固い胸に顔が当たって痛かったけど、それよりエバンさんの心臓が破裂しそうなくらい大きく鳴っていて、ちょっとおかしくなって笑ってしまった。



「どうしたの?」



するとエバンさんはそれに気が付いて、心配そうな顔で私を見た。私はその顔を、またクスクスと笑った。



「なんでもない。」

「なんでもないことないでしょ?」

「ううん。なんでもないの。」



私たちはそれからしばらく、そうやって楽しくじゃれ合った。

この世界で国際結婚ってあるんだろうか。多分ないし、その上私は身分も相応ではない。


だからこそエバンさんが"迎えに行く"って言ってくれたんだろうけど、もうその言葉を聞けただけで十分幸せだった。


なんだかいけないことをしている気持ちにもなったけど、私たちをみているのはこの夕陽だけだった。




天使さん。

どこかで見てるんだとしたら、今度はきっと好きな人と一緒に居させてください。



この燃えるみたいな夕陽なら、きっと天使にも伝えてくれるはず。

そんなロマンチックなことを考えてしまうくらい、私はエバンさんへの気持ちに知らないうちに溺れてしまっていた。






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