第40話 女神なのか悪魔なのか…


試着会が終わって会議室に戻ると、王とパパはもう話を終えたようで、二人で雑談をしていたみたいだった。そして王様は私たちがキャッキャと嬉しそうに話をしながら入ってきた姿をみて、すごく穏やかな顔で笑った。



「どうだった、ジーナ。」

「ええ。皆さん大喜びだったわ。こんなに近くの国なのに、こんないいものがあるってどうして今まで知らなかったのかしら。」



そのセリフを聞いて、パパがすぐに私を見た。私はパパに「やったよ」って意味を込めてうなずいて、パパもそれにこたえるみたいににっこりと笑ってくれた。



「こちらの話も終わったよ、リア。今のドレスの件も書類で確認する件も、私ももちろん大賛成だ。」



テムライム王は自ら、私に会議の結果を報告してくれた。

じぃじにはテムライム王に相談する前に、どちらも事前に確認を取っていた。するとじぃじはすぐに「お前たちの決定が今のリオレッドの決定だ」という答えと、「すべての決定をサンチェス家に任せる」というサイン入りの書面を送ってくれた。


契約書のようなものを作って以来、リオレッドでは"書面を使った契約"のような文化がずいぶん浸透してきた。国と国との取引ではまだ定着していないみたいだけど、これからは定番にしていかなきゃなと思った。



「今回も君がこの書面を使ったやり方を提案してくれたみたいだね。」

「え、ええ。でも私は提案しただけで、作ったのは父ですから…。」



謙遜してそう言うと、王様は「ハハハ」と豪快に笑った。どうして笑われたんだろうと思って不思議な顔をしてみていると、王様は「ごめんごめん」と言った。



「君は本当にお父さんのことが好きなんだね。」



王は私が謙遜してパパを立てているって思ったみたいだったけど、本当は目立ちたくないだけだ。でもパパが好きなことは確かに否定は出来ないから、私は王様のその言葉に「ええ」と笑ってうなずいた。



「ですが先ほどプロポーズを断られてしまっているので、どうやら片想いみたいなんです。」

「それはもったいない。モテモテだな、ゴードンは。」



王がそう言うと、その場に居たみんなが笑いに包まれた。暖かい空気でいっぱいになった会議室にもう緊張感なんて一切なくて、今朝までの自分が嘘みたいだった。



――――やっぱり、頑張ってよかった。



こうやって誰かのためになることをするのだって、悪くない。達成感と充実感にあふれた私は、本気でそう思った。



「ゴードン、ここでの仕事もそろそろ終盤になるかな?」

「ええ。本日ご承認をいただきましたので、その後は残った仕事の処理だけさせていただければと思います。」

「それはあとどのくらいかかる?」

「そうですね。1週間程度いただければ十分です。」



するとそれを聞いた王は、「そうか」と言って宰相さんを呼び出した。そして何かをこそこそ話したと思ったら、こちらを見てにっこりと笑った。



「帰る前に、お見送りとお礼をさせてくれ。」

「そ、そんな…。」



パパは申し訳なさそうな顔をして、その誘いを断ろうとした。でもパパがすべて言い切る前に、王様はゆっくりと首を横に振った。



「そのくらいさせてもらわないと気が済まないんだ。リオレッドに行った時だって私ももてなしてもらったんだから、そうさせてもらわないとカイゼル様に合わせる顔もない。」




え―――――?またぁ?!

また晩さん会ぃ?!?

めちゃくちゃ嫌ですけどぉ~~~

行きたくなさ過ぎわろたなんですけどぉ~~~ワロタワロタ~~~



「私の顔を立てると思って。頼むよ。」

「ありがとうございます。喜んで。」



喜んでんじゃねぇよパッパよぉ~~

私はあの宿舎でゴロゴロダラダラしてたいんだぁ~~



ん?待てよ?

私呼ばれてないじゃん!そうじゃん!呼ばれてないわ!

パパだけいって、美味しいもの食べてきなよ!

うらやましいな!ね!




「美味しいものをたくさん用意するから、アリアさんも楽しみにしててちょうだいね。」




王妃様は女神のような笑顔で言った。私は逃げようとした後ろ姿を悪魔にとらえられたかのような気持ちになって、ひきつった笑顔で「は、はい」と返事をした。



「リア。」



するとひきつった顔で笑っているのがばれたのか、王様が私の名前を呼んだ。「すみません」って言いかけるのを何とか飲み込んで、「はい」と返事をした。



「君には感謝してもしきれない。その他にもお礼をさせてもらいたいのだが、何がいいのか分からなくて…。」

「私たち息子しかいなくて、女の子のことが分からないの。何でも言ってちょうだい。」



息子しかいない人が多いな、と思った。

もしかしてこの世界って、人口不足ってより女不足なんじゃ…?と意味の分からないことを考えていたにも関わらず、私の口は「とんでもないです」と返事をしてくれていた。



「私は今回何もできていません。お礼なんて…。そんなのいただけません。」

「いや、もらってほしいんだ。」



私の言葉にかぶせるみたいにして王様が言った。あまりの勢いに驚いていると、王様は少し困った顔で笑った。



「お礼をしないと、ジーナに私が怒られてしまうんだ。頼むから何か、受け取ってくれ。」


横でジーナさんは女神みたいに笑ってたけど、目の奥にやっぱり悪魔がいる気がした。それで王様の気持ちを察した私はそこでやっと折れて、何がいいか考えてみた。



「では…。」



正直、ほしいものなんて何一つなかった。

しいて言うならアイスくらいだ。


もし王様に「あのレシピを教えてほしいと言いたい」と言ったらきっとできたんだろうけど、そんなやり方は商人としてフェアではない。

いつか絶対自分で仕入れるんだって決めて、"アイスのレシピ"って言葉を飲み込んだ。



「本が、欲しいです。」

「本?」



私の答えを聞いて、二人とも拍子抜けした顔をしていた。

それが面白くて少し笑ってしまった後、「そうです」と言って肯定した。


「テムライムのこと、もっと知りたいんです。テムライムの歴史や文化がまとめてある本があれば、それを1冊いただきたいです。」

「そんなもので、いいのか…?」

「ええ。リオレッドでも探しましたが、詳しいものがあまりありませんでした。今後のためにも勉強させてください。」



自分が思いつきうるもので一番謙虚でためになりそうなものをお願いすると、王は「ハハッ」っと笑った。あまりにも幼稚なものを頼んだかなと後悔していると、まっすぐな目で私を見た。



「君には本当にかなわないな。」

「ええ。本当に。」



何がかなわないのかよくわからなくて、きょとんとした顔をしたままでいるしかなかった。すると王はにっこり笑った後、「わかった」と言った。



「1冊なんて言わず、何冊か送らせてくれ。」

「ありがとうございます、光栄です。」



腰を下げてお礼を言うと、パパが私の背中をポンと叩いてくれた。それが「いい子だ」って褒めてくれているような気がして、私はパパを見て得意げに笑ってみせた。


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