第30話 爽やかなビジネスの香りがします


「早いでしょ。」


驚く私に、キャロルさんはにっこり笑って言った。まだ驚きを隠せなくて思わず声も出さずにうなずくと、キャロルさんはもっと嬉しそうに笑った。



「昔はテムライムでも、リア様が着られているようなドレスが着られてたんですが…。最近は着脱がすごく楽なものが出回り始めたんです。」

「へぇ…。」



どうなっているのか気になって、私は思わずハンガーにかけてあるドレスの後ろを見た。

リオレッドのドレスは背中の部分にリボンを通せるようになっていて、リボンを通してそれを締めることでドレスが落ちてこないようにするんだけど、なんせ着るのがすごく面倒くさい上に時間がかかる。



「それに着心地も…楽です。」

「そうでしょ!最近生地が変わりまして、締め付けがすくなくなったんです。働く女性にも好評なんですよ。」


触ってみると、確かにその生地は伸縮性がある感じのもので、長時間着ていてもしんどくなりにくそうだった。慣れたとはいえ、働いていると特に腰はいたくなるし重いと感じないこともないから、すごく便利そうだと思った。




でもその代わり、一つだけ気になることがあった。



「あの、これって、ビジューの方たちも着られるんでしょうか。」



来る前に少しだけ、テムライムのことについて学んできた。

テムライムにもリオレッドと同じように身分制度があって、王族の次の位の人たち、つまりリオレッドで"ラグジュ"に当たる身分の人たちは、ビジューと呼ばれる。ややこしい。



「ええ。着られます。でも何か正式な場に行かれるときは、リオレッドのドレスと同じような形のものを着られるという方も多いですよ。」



私がテムライムについて学んだ本はとても古い文献だったから、もし今は違う呼び方をされていたらどうしようと今更ながらに心配していた。でもキャロルさんが当たり前って顔をして答えてくれたから、ひとまずよかったと思った。



「それも、見せていただけますか?」

「もちろんです。」



そういってキャロルさんが持ってきてくれたのは、さっき手に取ったブルーのドレスだった。後ろを見てみると確かにリボンで調整するようなタイプのもので、ピンクのドレスよりは高級感があった。



それでもやっぱり、私は思った。



――――生地の肌触りが、あまりよくない。と



「えっと、失礼ですが、こちらってお値段はどのくらいですか?」

「少々お待ちくださいね。」



キャロルさんは、値段表みたいなものをどこかから持って見せてくれた。

そこには伸縮性のあるピンクのドレスが100円、貴族の方たちが正式な場で着るドレスが3000円と記載してあった。




やす!!と思うかもしれないが、この国の1か月の給料は平社員でだいたい1000円くらいだ。大卒の初任給が20万円くらいだと仮定して換算すると、このドレスは1着60万円くらいってことになる。高いでしょ?


私が今日着てきたのは、じぃじが用意してくれた余所行きのドレス。リオレッドで買おうと思うと4000円くらいする。テムライムのよりも高価だけど、ドレスの質でみたらそんなに高くは感じない気がする。




それに気が付いた私には、どこからともなく、ビジネスの香りがし始めた。



――――はっはっはっ。

     これからど~してやろうかしら。



「どうされます?」

「え?!」

「お坊ちゃまに、見てもらいます?」



邪悪な顔をしている私に、キャロルさんは少しニヤケながら言った。


そうだった、私デート中だったんだ。


やっと気持ちを女の子モードに切り替えた私は、キャロルさんの提案に静かにうなずいた。するとキャロルさんはもっとニヤっと笑って、「どうぞ」と言ってカーテンを開けた。



「エバン、さん?」



エバンさんは試着室の外に仁王立ちで立っていた。

まるで前世にいた時の彼氏との買い物みたいだなと思って名前を呼ぶと、それに反応して静かにこちらを向いた。



「どう、ですか…?」



遠慮がちに、そう聞いてみた。

するとエバンさんは一気に真っ赤な顔をした後、照れた顔でにっこり笑った。



「すごく、似合ってる。」



彼のストレートな言葉に、私の胸はまた高鳴った。

恥ずかしくて顔が見れなくなった私がうつむくと、その様子を見てキャロルさんはクスクスと笑った。



「どうされます?他も着てみますか?」

「い、いえ。だ、大丈夫です。」



これ以上エバンさんを待たせられないし、着せ替え人形をしていたらもっと恥ずかしくなりそうだと思った私は、その提案を断った。エバンさんは「本当にいいの?」と聞いてくれたけど、私はその問いにも静かにうなずいた。



「いくつか購入したいんです。でも今日は円を持ってきてなくて…。」

「リア、それは気にしなくていいって…」

「違うんです。」



絶対にエバンさんがそう言いだすと思っていたから、私は食い気味でその言葉を否定した。するとエバンさんは少し悲しそうな顔をしたから、もしかして断らない方がよかったかなと後悔した。



「プレゼント、したくて。自分で買いに来たいんです。」



でも私も譲るわけにはいかなかった。質は多少悪いとはいえ、安くて動きやすいドレスがあるんだから、メイサやティーナに買ってあげたかった。もはやパパだけじゃなく私も働いてるんだから、買うと言ってもパパは怒らないだろうって決めつけて、私は強い目をしていった。



「リアは偉いね。」



するとエバンさんはそう言って、頭に手をポンと置いてくれた。触れた部分から暖かさが流れ込んでくる感じがして、恥ずかしくて、そして心地よかった。




「えっと。明日引取りに参ります。お取り置き、していただけますか?」

「もちろんです。お選びください。」



キャロルさんがそう言ってくれたから、私はメイサとティーナ、そしてママに4着ずつのドレスを選んだ。ついでに仕事用だって言いながら自分用のものも4着も大人買いすることを決めて、キャロルさんに手渡した。



「こんなにたくさん!ありがとうございます。」

「いえ。わがままを聞いていただき、ありがとうございます。」



明日必ず来るとキャロルさんに約束をして、私たちはドレス屋さんを後にした。私の心の中はエバンさんへのドキドキとかドレスをたくさん買えた楽しみとかよりも、ビジネスを見つけた喜びでいっぱいに満たされていた。

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