第31話 いや、デートやないかいっ!
「そろそろ帰ろうか。リアも疲れたでしょ?ゴードン様も帰られるだろうし。」
「はい、そうですね。」
気が付くと辺りがほんのり暗くなり始めていた。
私は体にいっぱい詰めたビジネスの香りを胸に、エバンさんに連れられるがまま会議室のある宿舎の方へと戻った。
今日1日は、とても収穫の多い日だった。
私はニヤつくのを何とかおさえて、半分は別のことを考えながらエバンさんと会話を続けた。
「ただいま戻りました。」
「リア、お帰り。」
私より先に、パパは会議室に戻ってきていた。そして私の後ろに立っているエバンさんの姿を見つけて、「おお!エバン君!」と大げさに驚いた。
「ゴードン様、お久しぶりです。」
「今日はエバンさんが案内してくれたのよ。」
驚くパパにそう説明すると、納得した様子で「そうかそうか」と言った。パパの後ろに控えていたアルが思いっきりこちらをにらんだのが分かったけど、面倒くさいことになりそうだから無視しておいた。
「娘をありがとう。一日疲れただろ。」
「いいえ、そんなことないです。仕事を忘れて私も楽しんでしまいました。」
「ならよかった」と、パパは安心した様子で言った。お世辞なのかもしれないけど、楽しんでくれていたのかって思ったら、私も少し安心した。
「リア、今日は歩き回って疲れただろうから、明日報告を聞かせてくれるかい?朝一で今日の視察に関しても会議があるから。」
「うん、分かった。そうさせてもらう。」
一日で疲れ切ってしまっていた私は、さっさとあのシャワーを浴びたかった。パパもその他のメンバーの方々も今日は仕事をしないみたいだから、お言葉に甘えて部屋に戻ることに決めた。
「あ、パパ。」
「ん?」
「今日ね、ママやメイサにプレゼントしたいお土産を見つけたの。でも円を持ってなくて買えなかったから、明日一緒に行ってもらえる?」
「ああ。もちろんいいよ。」
そう言ってパパは、さっさと部屋に帰るよう促してくれた。私は一旦その場に居た人たちに挨拶をして、会議室をでた。
「エバンさん、今日は本当にありがとうございました。」
私を送り届けるという任務を終えたエバンさんも、私と一緒に部屋を出てきた。
本当に一日お世話になった気持ちを込めて言うと、エバンさんは「とんでもないです」と丁寧に返してくれた。
「テムライムにいるうちに、まだ連れて行きたいところがあるんだ。」
「いや、そんな…。」
お忙しいのにと言おうとすると、エバンさんは何も言わないまま静かに首を振った。どういう意味?と思って首を傾げると、今度は照れた顔でにっこり笑った。
「仕事じゃなくて、個人的に、なんだ。」
「個人的に…。」
個人、的に…?
それは、一体、どういう…?
「リアに見せたいものがあるんだ。」
「私に、見せたいもの…。」
「うん。だからどこかで時間が欲しい。」
エバンさんがあまりにもまっすぐに私を見るから、私は彼の目に誘われるみたいに一つ静かにうなずいた。するとエバンさんは目に負けないくらい真っ赤な顔をして、「ありがとう」と言った。
「それじゃあ、いったん帰るね。」
「今日は本当にありがとうございました。」
「ううん。仕事なのに楽しんだってのは、本音だから。」
エバンさんはそう言って颯爽と帰って行った。私はどんどん小さくなっていく彼の背中をジッと見つめて、今日の出来事を走馬灯みたいに思い出していた。
一緒に街を歩いて、スイーツを食べて、そして一緒に買い物をして…。
「いや、デートやないかい。」
まじもんの、デートやないかい。
そういえば前リオレッドにエバンさんが来てくれた時、そんなお誘いを受けていたっけ。仕事だったとはいえその約束は知らないうちに果たされていて、しかも思っているより何倍も、私はときめいてしまっていた。
「はあ…。耐性なさ過ぎ。ババアのくせに。」
「…リア様?」
「わっっ!!」
エバンさんの背中が見えなくなってからもその場に立ち尽くしてブツブツ独り言を言っていると、不意に後ろから話しかけられた。振り返ってみると私の驚いた声でもっと驚いているティーナがそこには立っていて、相変わらずアタフタと落ち着かない様子で「お、おかえりなさいませ」と言った。
「リア様がお仕事をされているのに、お、おやすみい、いただいてすみませんでした。」
「いいの。仕事のようで仕事じゃなかったし。」
「え?」
私の発言を聞いて不思議そうな顔をしているティーナを置いて、私は部屋の方に向かって歩きはじめた。疲れているはずなのに目はとても冴えていて、今日は眠れそうもないなと思った。
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