第11話 勇気のバレッタ
そのあと二人の王はそれぞれ契約書にサインをして、お互いの意思を確認した。私は幸運にも文明がまた一歩進化する姿をこの目で目撃して、すこしうるうる来てしまうくらい感動した。
「はぁああ~!」
「おい、お前気抜きすぎ。」
会議が終わってから、一旦解散して晩さん会で会いましょうと言う話になった。パパはじぃじと色々話すことがあるからって王城に残ったから、私はカルカロフ家で休憩させてもらうことにした。
「落ち着く~。」
「お前なぁ…。」
机にうつぶせになってだらっとする私を、アルは呆れた目で見た。私はそんなもの気にすることもなく、とりあえず全身に入っていた力を一旦抜いた。
「ねぇ、アル。」
「ん?」
「お茶飲みたい。」
「ふざけんなよ。」
これでは晩さん会に行けそうにないくらい、疲労感でいっぱいだった。もういっそのこと体調が悪いって言って離脱しようかと思ってると、入口の方から「俺が持ってくるよ」という声が聞こえた。
「…ん?」
優しい声を聞いて、勢いよく体を上げた。
するとそこには相変わらずイケメンで凛々しくてかっこいい、ジルにぃが立っていた。
「ジルにぃ!!」
ここ10年で、ジルにぃはすごく偉い人になってしまった。ゾルドおじさんが引退を前に徐々に仕事を渡しているってのもあって、すごく忙しいらしい。
さっきまで疲労困憊していたはずの私は勢いよく立ち上がって、ジルにぃに思いっきり飛びついた。
「リア、よく頑張ったね。」
「うんっ!!」
好き!!!!
「リアちゃん、いらっしゃい。」
好きがあふれ出して思わず口に出そうになった時、ジルにぃの背中の向こうに、キレイな女の人が見えた。私はそれを見て、一瞬でジルにぃから体を離した。
「テレジア様、ごきげんよう。」
この人はテレジア様。深い青の髪に瞳はグリーン、可憐で華やかで、どこまでも美しい女神のような人だ。まさに"様"という敬称をつけたくなるくらい美しい人で、あまり口に出したくないんだけど…。ジルにぃの、奥さんだ。
「あら、リアちゃん。私にもジルやアルにするみたいにフランクに接してっていってるじゃない。」
ジルにぃの奥さんがブサイクとか、美人だけど性格が終わってるとかだったら、子どもながらに猛反対したと思う。でも悔しいのが、この人は見た目だけじゃなくて心も美しいってことだ。
「いえ、そんなわけにはいきません。」
完敗だ。初めて会った時そう思った。
そもそも同じ土俵にだってたってないんだから、勝ちも負けもないのだけど、だとしても本当に非の打ち所がない。
「もう…っ。私だってリアちゃんにお姉ちゃんって呼ばれたいのに…。」
テレジア様は頬を膨らませてすねた顔をして言った。あざとい、可愛い、負けた。
「テレジア、リアにお茶を出してあげてくれる?」
「もちろんっ!そう言えば色がとってもキレイな紅茶をもらったの!」
「いや、テレジア様っ!私が…」
「きゃあっっ!!!」
テレジア様の唯一の欠点といえるのが、極度のドジっ子ってところだ。今だってキッチンの方に走ろうとしたら自分のドレスの裾を思いっきり踏んでしまって、派手に一人でズッコケた。
「いて…。」
「テレジア。走らないでって言ってるだろ?」
「ごめんなさい。」
ジルにぃは優しい顔をして、テレジア様を支えながら体を起こしてあげていた。悔しいけど絵がキレイ過ぎて、ちょっとしばらく静止しててくれないかなって思った。
「テレジア。リアと二人で僕たちの部屋で待っててくれるかい?持っていかせるよ。」
「ほんとに私…。役に立たなくてごめんなさい。」
いや、もうあなたはこの世に存在するだけで役に立ってる気がします。
ジルにぃが頭をポンポンすると、テレジア様の真っ白い頬がほんのり赤く染まった。全く対抗なんてする余地もない私は、どことなくいい香りがするテレジア様と一緒にお部屋に向かった。
「入って。」
「ありがとう、ございます。」
テレジア様は二人の部屋に私を案内してくれて、鏡台の前に座らせた。そして鏡越しに私を見てにっこり笑って、「かわいい」と言った。あなたに言われたくない。
「リアちゃん、本当に天使みたい。」
「テレジア様の方が天使です。」
「ふふ、そんなことないけどな。」
テレジア様は文字通り天使のほほえみをみせながら、少し乱れた私の髪を直し始めた。
「晩さん会、緊張する?」
「はい、すごく。」
キレイな人にとかれているからか、いつもより髪の毛がキレイになっていく気がした。テレジア様はしばらくそのまま髪をとかしたり乱れたところを直したりした後、「ちょっと待ってて」と言って、クローゼットを開けた。
「これ、あげる。」
テレジア様はクレーゼットから持ってきた高そうな箱からキラキラ光るバレッタみたいなものを出して、私の頭につけてくれた。宝石のことなんてなんにも分からないんだけど、これがすごく高価なものだってのはわかった。
「こんなキレイなもの…。」
「いいの。」
バレッタをつけて少し調整を入れた後、テレジア様は「出来た」と言って鏡の方を見た。バレッタはまぶしいほどにキラキラと輝いていて、私なんかにはもったいないと思った。
「これね、私のお姉ちゃんがくれたの。結婚するときに、お守りって。」
「そんな大事なものなら…。」
「ううん、今度はリアちゃんに使ってほしいの。」
テレジア様はそう言って私の横に座った。申し訳なさすぎてお断りしようと思っていた時、私の両手をテレジア様は握った。
「私にはもう、お守りがついててくれる。」
惚気かよ。
ジルにぃはこっちの世界の私の初恋の人なんだから、ちょっとは気を使ってほしい。そう思ってみたけど、天然でドジっ子なテレジア様には多分通用しないと思う。
「きっと緊張すると思う。心細く感じることもあるかもしれない。でも忘れないで。味方がたくさんいてくれること。私もそばにいるからね。」
「テレジア様…。」
「いつかね、リアちゃんも誰かに勇気をあげたくなったら、これをプレゼントしてほしいの。これは女の子の勇気のバレッタだから。」
テレジア様はそう言って、私を優しく抱きしめてくれた。
張りつめていた糸が、そこでようやく緩んでいく音がした気がした。私はテレジア様を抱きしめ返して、いい香りを体いっぱいに吸い込みながら、「ありがとうございます」と言った。
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