第53話 信頼の力って、すごいんです


もうなすすべをなくした私は、じぃじに言われるがまま立ち上がって、ゆっくりと席の横に行った。みんなの目がとても痛かったから今までで一番丁寧な作法をすると、じぃじは頭にポンと手を置いて「おいで」と言って私を膝に乗せた。



「なぁ、ギヨンドよ。」



私を膝に乗せたまま、じぃじは大臣の一人の名前を呼んだ。「はっ」と返事をしたのはさっき真っ先にクソ王子に同調した、クソ大臣だった。



「この子の傷を見て、どう思う。」

「え、えっと…。」



じぃじは私の頬をおさえながら言った。チラッとクソ王子の方を見ると何でもないって顔をして座っていた。本当にクソだと思った。



「こんな小さな子に、こんなに痛々しい傷がついている。武力でおさえつけるっていうのは、こういうことだ。」


じぃじがどんな顔をしているか気になって見上げてみた。すると視線を感じたのかじぃじはこちらの方をみて、「ごめんね」と言った。



「これが正解だと思うか。この国の未来たる小さい子どもも弱い者も関係なく傷がついて、それで暴動がおさまったとしても、これが正解だと、自信を持って言えるのか。」



その言葉を聞いて、大臣たちはみんな黙ってうつむいた。ただ一人ジルにぃだけが、凛々しい顔でこちらを見ていた。



「マージニア。お前はどう思う。」



すると唐突に、じぃじが弟王子に話を振った。王子は相変わらず落ち着きがなくて、しばらくは「ぼ、ぼくは、えっと…」と言葉に詰まっていた。



「ぼ、僕は…。傷つく人が少ない方が、いいと思います。」



なんだその煮え切らないセリフは。

そう思ったけど、クソ王子よりは幾分かマシに思えた。おじさんもっと頑張ってくれよと思って見つめると、弟王子はこちらを見て一瞬目を合わせた後、すぐに視線をそらした。



「権力を行使して押さえつけるというのは、確かに一番手っ取り早い方法なのかもしれない。でも長い目で見れば、到底賢い方法とは言えない。わしらが考えなければいけないのは、未来のことなんだ。」



じぃじは大きくてあたたかい手を私の頭にのせて、そのまま穏やかに撫でてくれた。私はその手を取ってじぃじの目を見て、にっこりと笑ってみせた。



「ずっと考えていた。その根本となるものを終わらせる方法を。でも現実的な答えは、全然浮かんでこなかった。」



「不甲斐なくてすまん」と、またじぃじは言った。それはこのクソ大臣たちも同じ事なんだから、じぃじだけの責任ではないと、そう思った。



「でもわしは昨日、この国の小さな未来から、その方法を教えてもらったんだ。そして一つの結論に至った。」



じぃじは私の目を見てにっこり笑った後、ミアさんに「アレを」と指示を出した。するとミアさんの部下らしき人達が、昨日の地図を二人がかりで持ってきた。



「ノール、キルエアール、ルミエラスにも、船の停留所を作る。」



じぃじは大臣たちを見て、まっすぐな目をして言った。みんな驚いてこちらを見ていたけど、一番驚いた顔をしていたのはパパだった。



「暴動の根本になっている流通を改善しさえすれば、この問題はおさまるはずだ。」

「ですが、王様…!」

「そうだ。それには金が要る。」


王様は恥じることなく、はっきりと言った。大臣たちはそれを聞いて、ざわざわとし始めた。



「この暴動で、国の財政は圧迫され始めている。一気に3都市で整備をすれば、それだけ金がかかる。そこで、お前たちにお願いしたい。協力を、してくれないだろうか。」



じぃじはそう言って、全員に頭を下げた。

その言葉でざわざわが一気に大きくなって、私も焦ってじぃじの方を見た。するとじぃじは私を一旦降ろして、ゆっくりと立ち上がった。



「王家の財源で1つはなんとかする。偉そうなことをさんざん言っておいて申し訳ないが、あと2つ分、協力してほしい。頼む。」



じぃじはそう言って、深く頭を下げた。私はその行動にさらに驚いて、大臣たちを見た。



「やめてください、王様。」



すると戸惑う大臣の先頭を切って、ジルにぃがはっきり言った。その言葉でじぃじが顔をあげると、ジルにぃは勢いよく立ち上がった。



「カルカロフ家は、喜んで協力させていただきます!」



ジルにぃはキレイな敬礼を作って言った。いい大人の大臣たちは、まだ何も言わないままざわついているだけだった。



「資金面はもちろんのこと、人材も派遣させていただきます。」

「お前みたいな若造が、そんなこと…。」

「父様はすべての決定を私に任せると言われました。今の私の言葉は、父様の言葉でもあります。」



みっともないことを言う大人のセリフを、ジルにぃは一蹴した。じぃじはジルにぃの方をみて、また深く頭を下げた。



「ありがとう。」

「当たり前のことです。」



ジルにぃは勇ましく言った。私にはその立ち姿に後光がさしているようにすら見えて、両手を合わせて拝もうかと思った。



「王様、わたくしも…っ!」

「いえ、わたくしが出しましょう。」



するとそれに触発されたのか手柄がほしいのかはわからないけど、大臣たちが一斉にそう言い始めた。王様は頭を下げて「ありがとう」と言って、全員を座らせた。




どこの世界も、情けない大人ばかりだ。

自分だって褒められるほど素晴らしい人間ではないんだろうけど、せめてこの王様の手助けになることは全部やろう。


私はまた"信頼"の力を感じて、じぃじが握っていた手を、自分の両手で包み込んだ。

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