第33話 クソガキとお勉強
それから毎日、私とメイサはカルカロフ家に出かけた。
最初は緊張していたみたいだったけどメイサもだんだん慣れてきたようで、最近は堂々と中に入って行けるようになった。
私はというと、いつか中でこわ顔おじさんに会ってしまうのではないかと心配していた。でもおじさんはとても忙しいらしくて、気配すら感じることはなかった。それどころかジルにぃにもずっと会えなくて、寂しい日々を過ごしていた。
「アル様、ごきげんよう。」
そしてクソガキはというと相変わらずめちゃくちゃ不愛想で、勉強も全くできなかった。アルは10歳らしいのに5歳の私もすでに終えたところをゆっくりゆっくり勉強していて、それも頭に入っているのかどうか定かではなかった。
「おい、リア。今日も小さいな。」
「うるさい。べーっだ。」
それにアルは、慣れてくると私に悪態をつくようになった。
毎日のように小さいだのガキだの言ってからかってきて、とても身分が高い人の言葉遣いだとは思えなかった。
「リア様。」
でもそうやって言い返すと、怒られるのは私の方だった。
全く、身分の違いってほんっっとに鬱陶しい。王様に言って、今すぐ撤廃してもらえないかしら。
アルをにらみつけながら頭の中ではそんなことを考えて、私はメイサに言われるがままに勉強道具を取り出した。
「それでは今日は、こちらから始めましょう。」
見ていて私がイライラするくらいアルは理解するのに時間がかかるのに、それでもメイサはめげなかった。アルが分からないと言えば何度も同じところをかみ砕いて説明して、分かるまで何度だって付き合ってあげていた。
――――あなた、先生に向いてるよ。
アルに丁寧に勉強を教えているメイサを眺めて、毎日そう思っている。アルはずっと不愛想にはしているけど徐々に心を開いているようにも見えて、あと少しだってひそかに応援している自分がいた。
「それではここ、解いてみましょうか。」
しばらく算数の問題を説明した後、メイサが言った。
アルはメイサのいう事を聞いて一生懸命問題をといていたけど、私はそんなアルに遠慮もしないですぐにそれを解き終わった。
かと言ってアルを置いて先には進めないってことはちゃんと理解していたから、だまって窓の外を眺めることにした。
相変わらず、カルカロフ家の庭は本当にキレイだ。花にはそんなに興味がない私でも、ずっと見ていられるくらいの気持ちになる。
あそこでティータイムなんかしたらめちゃくちゃ気持ちいいだろうな~。毎日こんなところで暮らせるなんて、このクソガキめちゃくちゃ幸せじゃん。
アルが必死になっている目の前で色々と考えを巡らせながら庭をぼんやり眺めていると、遠くの方から、何人かの男に人たちが固まって歩いてくるのが見えた。
「あっっ!!!」
私は思わず、大きな声を出して言った。するとメイサもアルも、私の声に反応してこちらを見た。
「なんだよお前。うるせー!」
「ジルにぃがいる!」
その集団の真ん中には、勇ましく歩いているジルにぃが見えた。
姿が見えただけで嬉しくなって、思わず立ち上がって窓際にいった。そして大きく手を振ると、ジルにぃはすぐ私に気づいて手を振ってくれたあと、手招きをしていた。
「メイサ、行ってもいい?」
「ええ。」
ジルにぃに来てって言われてるのに、メイサがダメだと言えるはずがない。
メイサはにっこり笑ってうなずいてくれたから、私は「ありがとう」と元気に言って、ジルにぃのいる庭の方に走って向かった。
「ジルにぃっ!」
私は勢いよく走っていって、パパにするみたいに抱き着いた。するとジルにぃは私をひょいっと抱き上げて、ぐるぐると回してくれた。
「おかえりなさいっ。」
「ただいま、お嬢様。」
ジルにぃは腰に剣をさしていたから、きっと仕事帰りなんだと思う。ジルにぃの後ろからは部下らしき人たちが歩いてきて、私に向かって敬礼をしてくれた。
「勉強は出来た?」
「うん!リアは終わったから来てもいいよってメイサが!」
「そっか。」
ジルにぃは優しく私を芝生におろして、頭を撫でた。するとその頃後ろの方から、アルとメイサも歩いてくるのが見えた。
「アル、お前もちゃんと終わらせたのか。」
「ええ。頑張りましたよ。」
メイサは挨拶を終えた後、アルの代わりににっこり笑って答えた。するとアルはビシッと敬礼をして、「おかえりなさいませ」と挨拶をしていた。上下関係がしっかりしてるな、と思った。
「最近は暖かいし、たまにここで勉強するといいよ。」
ジルにぃがそう言って指さした先には、小さなテーブルと椅子があった。確かにこんなきれいな場所で勉強したらすごくはかどりそうだ。その提案に私が素直に「ありがとう!」と言うと、メイサも「ありがとうございます、そうさせていただきます」と言った。
ジルにぃはまだ仕事が残っているようで、そのまま颯爽と去って行った。
すれ違いざまに何気なく部下たちをみていると、そのうちの一人がメイサにくぎ付けになっているのが、なぜかやけに気になった。
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