第25話 これが例の"おじキュン"ですね


「サンチェス家 ゴードン、アリア。入れ。」

「はいっ。」



中の騎士の一人の声を聞いて、パパはあのポーズをしばらくした。さっきまで堂々と立っていたはずの私は完全に動揺しながら、ママに教わった作法をした。



そしてしばらくすると、パパは小声で「行くよ」と私に言った。パパはそれを合図に私の手を優しく握って、本当に堂々とした姿で、レッドカーペットを進んでいった。



部屋の中はお城のどの場所より天井が高かった。そして目の前には大きな階段があって、その階段を登った場所にある大きな椅子には、白髪でひげをたくわえた王様らしき人が、ドカンと座っていた。



まるでサンタさんみたいだな、と思った。




パパはその階段の少し前で、足を止めた。そしてもう一回ビシッとした姿になって、さっきのポーズをした。



「王様、お久しぶりです。」

「ああ、久しぶりだな。ゴードン。」



王様はとても低い声でそう言った。私は思わず背筋を凍らせて、その場に立ち尽くした。



「こちら、娘のアリアです。」



パパはそう言って、固まっている私の背中をポンと押した。その合図にようやく意識を少し取りもどした私は、ママに習った時よりずっと深く膝を曲げて作法をした。



「は、はじめまちて王様。ア、アリア・サンチェスでごじゃいます。」



緊張しているせいか、いつもより噛んでしまった。

恥ずかしくて作法をしたまま下を向いていると、王様は「ハハ」と大きな声で笑った。



「可愛いレディだね。父親には似ても似つかない。」



その言葉を聞いて、私はゆっくりと顔をあげた。すると王様はゆっくりと席を立ちあがって、階段を降り始めた。



――――や、やだ…。イケおじじゃないの…。



王様って聞いたら、めちゃくちゃクズのおっさんか怖い顔した暴君みたいなのを想像していた。でもこの国の王様はどうみてもサンタさんで、そして私に向かってとても優しい笑顔を見せてくれた。




王様はその笑顔のままゆっくりと私の前まで近づいてきて、そしてついに、ひざまずいて視線を私に合わせた。



「王様…っ!」



その光景を見て、パパをはじめ警護をしていたおじさんたちやミアさんも、焦って王様の方に寄ろうとした。でも王様はそれを片手でとめて、私を見て改めてにっこり笑った。



「初めまして、アリア。カイゼルです。この国の、王です。」



すごい間抜けな自己紹介だなと思った。

でも多分この人は私に合わせて簡単な言葉で自己紹介をしてくれている。


なんて優しいイケおじなんだと思っていると、王様は右手を取って、手の甲に優しくキスをした。



――――いやんっ、キュンとしちゃう!



紳士な姿に、思わず私はキュンとした。

前世では感じたことがなかったけど、これがいわゆる"おじキュン"ですね!



そんなことを考えていたら顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

恥ずかしくなった私は思わず、王様が手を離した後すぐ、パパの足の後ろに隠れた。


「す、すみません…!」

「ハハハ、恥ずかしかったね。ごめんごめん。」


周りの大人は焦っていたけど、王様は相変わらず優しい顔で笑っていた。

私はパパの足からひょっこり顔を出して、「ごめんなさい」と小さい声で言った。



「いいんだよ、アリア。リア、と呼んでいいかい?」

「はい。」


警戒心を解いてパパの足からゆっくりと王様の前に出てきた私の頭に、王様は右手をポンと置いた。ますますおじキュンが止まらなくなって、耳まで熱くなってきた。



「リア、君がウマスズメを連れてきたと、お父さんから聞いたんだ。」

「はい。」

「どうして、連れてきたの?」


王様は私に視線を合わせたまま、優しい声で言った。

運送に使いたかったからですなんて言えない私は、必死で子供らしい答えを探した。



「お友達に、なったから…。」



それは子供らしい答えというより、事実だった。あの日ポチやポチママたちと私は心を通わせて、友達になれた。どうして連れてきたのかと言われたらそれが正しい答えだと自信を持って言うと、王様はまた優しい顔で「ハッハ」と豪快に笑った。



「君は誰とでもお友達になれるんだね。」

「ポチは私の初めてのお友達です!」



段々慣れてきた私は、今度は元気に答えた。パパは私の話を補足するように、「ポチっていうのは家で飼っているウマスズメの名前です」と言った。



「リゼルも、もとは君のアイディアだって聞いたよ。」



リゼルというのは、馬車のことだ。パパがそう命名したらしい。

また名前がややこしい事には不満を感じているけど、でもなんとなくかっこよくていい名前だと思う。



でもその言葉には「そうです」と自信を持って答えることも出来ないから首を傾げていると、王様が「ちょっと難しいね」と言った。



「僕はね、君のパパにすごく感謝してるんだ。パパはこの街を大きく変えてくれた。」



でしょ、私のパパってすごいでしょ。

確かに発想のヒントは私がこれまで必死で与えてきた。でもそれを形にしてみんなに受け入れさせたのは、まぎれもなくパパの力だ。


得意げな顔をして王様をみると、「でもね」と言葉を続けた。



「パパにそう言うと、それは違うっていうんだよ。全部娘のアイディアですって。」



その言葉を聞いて、私はパパを見た。するとパパはいつも通り暖かい笑顔でにっこり笑って、「そうだよ、アリアのおかげだよ」と言った。



「だからね、僕はリアにも伝えたくなったんだ。本当に、ありがとう。」

「へへ、どういたしまして!」



おじキュンの末こんな偉い人に心から感謝された私は、違う意味で照れていた。照れ隠しをするためにも調子に乗ってそう言うと、王様はまたにっこり笑ってくれた。



「何か欲しいものはないかい?」

「王様、それは…っ。」

「ゴードン、言葉だけじゃ満足できないんだ。」



王様より低い姿勢で謙遜するパパをまた右手で止めて、王様は言った。



――――欲しいものかぁ。



本気で考えてみたけど、欲しいものと言えば条件のいい旦那くらいしか思いつかなかった。

でも、私はまだ5歳だ。もっともっと選択肢と可能性は広げたい。5歳で婚約者を決められるのも困ると思った私の頭に浮かんだほしいものといえば、それは一つだった。



「あのね、リア、ワッフルせんべいがい―――っぱい食べたいっ!」



両手をフルに駆使して、あざとい仕草付きで言った。


私がそう発言して一瞬部屋の中はシーンと静かになったけど、その次の瞬間にはどこからともなく暖かい笑いが起こった。



はっはっはっ。

私の天使のあざとさに、みんなやられてしまえ。

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