第6話 はじめまして、アリアだよ


人生の2回目の終わりを感じて、私はギュっと強く目をつむっていた。でもしばらくしても死んだ感覚がなくて、そっと、目を開けてみることにした。



「君は…。」



すると目の前には、私の背丈と同じくらいの大きさの、4足歩行の動物が怯えた目でこちらを見ていた。毛はピンク色で、顔は草食動物っぽい感じ。こちらの世界の私の知識ではこれがなんなのか分からなくて、私はしばらくそいつとにらめっこを続けた。



「ケガ、してるの…?」



何かはわからなかったけど、そいつは足から血を流していた。そしてどう見てもおびえた目で全身を震わせていて、襲われるどころか、私に襲われるんじゃないかっておそれている目をしていた。



「大丈夫?」



私は思わず、その子に近づいた。するとその子はよっぽど怖かったのか、体を震わせたまま「ヴーーーーッ」と言って威嚇をした。



「大丈夫だよ。」



おびえるその子の気持ちを紛らわすためにも、私は片手を差し出しながら、その子に近づいた。前の世界にいた頃も、私は動物が好きだった。特に犬が大好きで、昔は実家で飼っていた。


その時のことを思い出しながら、ゆっくりゆっくり手を差し伸べた。その子はずっと威嚇をしていたけど、足がよっぽど痛いみたいで、こちらには寄ってこようとしなかった。



「はじめまして、アリアだよ。」



私たちの距離が手が触れるところまで近づいた頃、私はやっぱり手を差し伸べながら笑顔で言った。するとその子は威嚇するのをやめて、クンクンと手のにおいをかぎ始めた。



「犬みたい。」



そのしぐさは、まるで犬みたいだった。大きさはちょうど大型犬くらいのサイズ。そしてその上近づくと毛はすごくふさふさしていて、触ったら気持ちよさそうだなと思った。



「足、痛い?大丈夫?」



しばらくクンクンされたあと、犬を撫でるみたいにして手を頭に当ててみた。するとその子は優しい目になって、私に撫でられてくれた。



「いい子。」



可愛くて仕方がなかった。なんだか前世に戻ったみたいな気がして、とても懐かしくてあたたかい気持ちになった。



しばらく撫でていると、その子はすごくふさふさした尻尾を振り始めたから、私はついにその子に抱き着いて、「かわいい!」と思いっきり叫んだ。



「あ、そうだ。これ、食べる?」



そして私は、念のため持ってきたお菓子をその子にあげてみた。一瞬不思議そうな顔をしたその子はそのお菓子をクンクンとかいだ後、ぺろりと一口で食べてしまった。



「美味しいでしょ?これね、バナナみたいな味がするけどニボシって名前なの。変だよね。」



いつもは少し子供っぽくするよう心掛けているけど、私はこの世界に来て初めて、話し方を気にすることなく話した。その子はそんな私の変化なんて知るわけもなく、もっとくれと尻尾を振って言っていた。



「あと、これだけしかないの。」



私は持っていたバナナニボシを、全部その子にあげた。その子はおいしそうにぺろりとそれを平らげた後、私をぺろりと舐めた。



「いやだ、くすぐったいよ。」



その子も私にじゃれて、遊び始めた。でもやっぱり足の傷は痛いみたいで、たまに痛そうな顔をしていた。



「ちょっと待ってね。」



私は着ていたカーディガンを脱いで、その子の足に巻いてあげた。私が回復魔導士とか医者に転生していたら治してあげられるんだろうけど、そんな能力はまるでない。不器用な手では服を結ぶことだけでも精いっぱいだなと思いながら、私はまたその子の頭を撫でてあげた。



「あなた、物、運んでくれる?」



私がこの世界で初めて目にした動物だった。

だから小さな望みをたくして独り言をいったけど、その子のサイズではとてもじゃないけど運送が出来そうになかった。



「やっぱりダメか。」



運送には向いてなさそうだけど、こうやって触れ合えて、本当に良かった。私がありがとうと言う気持ちをこめて諦めて家に帰ろうとしていると、遠くの方からママの声が聞こえた。



「アリア!!!」

「あ、やっば。」



ママは血相を変えて、こちらに走ってきた。

そりゃそうだ。この世界では動物は食べるものであって、触れ合うものではない。獰猛だと思われている動物と、3歳の娘が触れあっていたら、そりゃ母親なら驚くだろう。



私は怒られる事覚悟で、ママの方に近づいて行った。



「何やってるの!!!ケガしてない?!?」



ママは私を強く抱きしめてそう言った。その声がすごく切羽詰まっているように聞こえて、私は小さく「ごめんなさい」と言った。



「危ないからダメでしょ!!!」



ママは目に一杯涙をためていった。私もその涙にもらい泣きしながら、「ごめんなさい」ともう一回謝った。



「リア…。」



私が泣き始めたのを見て、ママはギュっと私を抱きしめてくれた。後ろではメイサもたくさん涙を流していて、悪いことをしてしまったなと反省した。



「とにかく、ここから離れましょう。」



ママはあの子をにらみつけたまま、そう言った。あの子はまたおびえた目になって、「ヴーーーーッ」と威嚇をはじめた。



「ママ、違うの。」

「何が違うの?」

「あの子ね、お友達なの。」



あの子がたとえ運送に適してなくても、これだけ動物と距離がある世界だったら不便なことがたくさん起こるに違いない。私が生きていた現代ではそんなことなかったけど、文明の整っていないこの世界では、きっと動物の力は大きな手助けをしてくれるはず。


その第一歩なんて大きなことは言わないけど、少しでも怖がる気持ちをなくしてほしいと、私はそう言った。



「リア様、絵本の中とは…。」



メイサはまだ大粒の涙を流しながら、私に言った。多分自分が動物の絵本を読んでいるから私がそんなことを言い出したんだとだと、自分を責めているに違いない。



「違うの、メイサ。本当なの。」



私はそう言って、私を抱きしめているママをそっとはがした。



「ほんとにね、怖くないよ。」



そしてそのまま、私はさっきのように左手を差し出しながら、その子に近づいた。



「リア!」

「大丈夫。」



ママは怖がって私の右手を引いて自分の方に引き寄せようとしたけど、私はそれを振り払った。そうしているうちにその子が私にまた近づいてきて、顔を私の胸に、摺り寄せてきた。



「ウソでしょ…。」

「信じ、られない…。」



私たちがなかよくじゃれるのを見て、二人は本当に驚いた顔をしていた。

それもそうだろう。今まで他種族とうまくやれるなんて考えが一切なかったんだから、こんな風にじゃれ合っているのなんて、信じられなくて当たり前だ。



私はそのまましばらくその子とじゃれ合っていたけど、その間ずっと、二人はポカンとした顔でその光景を眺めていた。

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