第8話 お母さん、ありがとう


次の日、天使に言われた通り私は公園にやってきた。来たことがないはずなのにその公園はあのモニターに映し出されていた通りの場所で、南出さんとあの女の人が話していたベンチが、しっかりとそこにあった。



「やっぱり…。」



ようやく、あの天使の話を信じ始めた自分がいた。予知夢にしては鮮明過ぎるし、来たことがない公園の場所まで頭に浮かぶなんて、説明がつかない。徐々に現実味を帯びてきた話をまだ飲み込めないまま、私はベンチの近くの雑木林の陰に隠れて、二人の到着を待つことにした。



しばらくすると、どこからか足音が聞こえ始めた。思えば私って誰かに見つかったら完全に不審者でしかない。それにもし南出さんに見つかったとしたら、ただのストーカーじゃないか。



結構大胆な場所に隠れたことを後悔して、もう少し離れたところに移動しようかと思った。でもその間に足音はどんどんこちらに近づいてきて、いよいよあのベンチへとたどり着いた。



「話って、なに?」



女の人の怖い声が、暗い闇に響いた。慎重に覗いてみるとそこには私を刺したあの女が座っていて、顔を見たらあのモニターの映像を思い出して少しゾッとした。



「別れてほしい。」



南出さんはその女の人の様子に動揺することなく、堂々とそう言った。女の人は取り乱すこともなく、「どうして?」と言った。



「華と一生一緒にやっていける自信がない。いつも俺のこと束縛して、信用されていないのも辛い。GPSをつけてることだって、気付いているんだ。」



――――ああ…。

    言ってしまったよ。



やっぱり天使が言ったのとそっくりそのまま同じセリフを南出さんが発したのを聞いて、私は深い悲しみに、急に襲われ始めた。



――――これでもう、全部信じるしか、

     なくなったじゃん。



転生してもしなくても、私の命、あと1年なのか。

1年後って言えば、ちょうど30歳になる。結婚を焦ってないなんて言ったけど、焦ってしておくべきだったかな。


嘘みたいな話を信じ込んで後悔していると、華さんは静かに「いやだ」と言った。



「信じなかったのはごめん。でも私はあなたのことが大切で…。」

「華が大切にしてるのは華だけだよ。」

「そんなことない…っ!」



そう言って華さんは、南出さんの両肩をつかんだ。南出さんはそれを振り払って、ベンチから立ち上がった。



「これ以上一緒にいても、お互いダメになるだけだよ。もう、終わりにしよう。」

「いやだ、修司!私…。」

「ごめん、華。もう無理なんだ、俺。」



ハイスぺイケメンのくせに、私と付き合う前にきっぱり彼女を振るなんて、南出さんは結構誠実だなと思った。華さんは相変わらず別れるのを嫌がっていたけど、南出さんは何度もそれを断って、その場を後にしてしまった。



南出さんが去った後も雑木林から出るわけにも行かなくて、私はしばらく華さんを見つめていた。するとしばらく放心状態だった彼女はいきなり立ち上がって、こぶしを握って震えていた。



「うわ…。」



背筋が凍ったような感覚があった。天使の話通り、多分私はあの人に殺される。

なぜかわからないけど、私の感覚が、そう言っていた。


まるで凍らせられたみたいにそこに固まった私の前を華さんが通りすぎた時、唇をかんで怒りに震えている彼女の表情は、鬼みたいに見えた。





家に帰ってすぐ、ベッドに寝転んだ。



「死ぬ、のか。」



多分あの話は本当らしいと信じたものの、まだ実感は出来なかった。



「でもどうせ死ぬなら…。」



そう、どうせ私は死ぬ。

だとしたら南出さんと恋愛して、いい想いをして死んだ方がいいんじゃないか。



まだドキドキしたいし、デートだってしたい。最後にキスだってセックスだって、しておきたい。


欲まみれのことを考えてボーっとしていると、その時急にお母さんの顔が浮かんだ。



「そっか。」



そう言えば天使が言っていた。"どちらの方がお母さんが悲しむか"と。

確かに通り魔に娘が殺されたなんてなったら、お母さんは立ち直れるだろうか。どちらにせよ悲しむんだろうけど、復讐したいなんて、お母さんは思わないだろうか。



そう思った次の瞬間、私の手は勝手に、お母さんに電話をかけていた。



「もしもし。」

「どうしたのよ~!久しぶりやん!」



お母さんはいつも通り、明るく元気な声で電話に出た。声を聞いたら一気に悲しくなってきて、涙が出そうになった。



「菜月?なんかあった?」



しばらく黙っている私に、お母さんは言った。私は急いで「なんも」と、出来るだけ明るい声で否定をした。



「最近帰れてないから、元気かなと思って。」

「元気元気!そういえばね、健太が今度彼女連れてくるんよ!」



弟の健太は、私と違ってとても優秀な子だ。数年前から彼女がいる事はしっていたけど、そこまで進んでいたとは。



「先、越されたね。」

「そうよ~。あんたもいい人おらんの?」



健太よ。ありがとう。お前の彼女、一度は会いたかったな。彼女もお母さんもひっくるめて、幸せにしてやれよ。


心の中でそんなことを思うと、自然と涙が出始めた。でもそれをお母さんに察されるわけにもいかなくて、私は必死で声の震えをおさえた。



「おらんけど、今遊んどる人がおるんよ。」

「え~そうなん!うまく行くといいね~。」



お母さんは昔から、とても明るい人だった。私がどんなに落ち込んでいても、何があっても「大丈夫だ」と、そう思わせてくれる人だった。



「そやね。また報告するわ。」

「待っとるよ、ほんと~!そんなんは後でいいけど、たまには帰ってきなさいね。」



お母さん私、もう帰れないみたい。お母さんの玉子焼き、最後に食べたかったな。



「ね、お母さん。」

「ん?」

「ありがとね。」

「なんよ、それ。ほんとになんかあったん?」



お母さんは笑って言った。私が早く死ぬから、その笑顔、奪ってしまうかもしれない。



本当に最後まで、親不孝な娘だね。




「なんもない。」

「そう?じゃあいいけど。」

「うん、んなね。」

「はいはい。はやく顔見せなね!」



最後はいつも通り、電話を切った。

本当は祥子とか会社の上司とか同僚とか、そして南出さんとか。みんなにお礼を言いたいくらいの気持ちになった。でもそこで急激な眠気に襲われて、私の意識はどこかへ持っていかれてしまった。

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