第6話 こんなことって、本当にあるんですね


目を覚ましてすぐに、私はスマホを確認した。

するとスマホには天使の言った通り南出さんからの連絡が来ていて、そこには"カラオケの日程、決めちゃおう"と書かれていた。



「い、いや、でも。これくらいは自分でも、予想できたはず…。」



そうだ、これくらいは自分でも予想ができた。

予想し過ぎて、そうなってほしくて、あんな夢をみたのかもしれない。


まだ半信半疑の私はそのメッセージに、空いている日を書いて返信した。



まだ信じない。まだ、信じないぞ。






毎日忙しく日々を過ごしていくうちに、あの夢のことだってだんだんと忘れ始めた。あの日から南出さんとは楽しくメッセージの交換を続けていて、たまに電話だってしている。


こんなことは本当に久しぶりだ、とても楽しい。



「お先失礼します!」

「お、シカちゃん早いね。お疲れ~。」



楽しんでいるうちに、南出さんとデートに行く週末がやってきた。デートに行くことを祥子に報告したら、祥子も例の彼といい感じらしくて、今度ダブルデートに行こうなんて浮かれた文章が返ってきた。



こんなことって、本当にあるんだ。



しばらく恋愛から遠ざかっていた私は、素直に浮かれていた。

男性と二人でご飯に行ったりカラオケに行ったりする約束をするだけで、こんなに嬉しいんだ。


私はスキップしたいくらいの気持ちを何とかおさえながら、久々に取り返した乙女の心を胸に抱えて集合場所へと向かった。



「すみません、お待たせしました。」

「全然大丈夫。いこっか。」



集合場所に行くと、南出さんはすでにその場所に立ってスマホをかまっていた。こうやって並んで歩くのは初めてだけど、南出さんはスラっと背が高くてスタイルもいい。


やっぱりこんなハイスぺイケメンが私とデートに行ってくれることなんて、何か裏があるに決まってる。


もしかしてあの夢って、"うまい話に騙されるな"的な警告だったのかも。



私がそんなことを考えているなんてつゆも知らず、南出さんはスムーズに美味しそうな居酒屋にエスコートしてくれた。

このスムーズさですら今は怪しい。心の中の私は思いっきりそう叫んでいた。



「なっちゃんは何飲む?ビール?」

「は、はい…。」



南出さんはとてもスムーズに注文を進めてくれた。自分では言いづらいと思っていたけど代わりにビールをしっかりと頼んでくれて、嫌いなものはないかと聞きながら、注文まで済ませてくれた。完璧すぎる。



「じゃあ、乾杯。」

「乾杯…。」



遠慮がちに、中ジョッキを南出さんに合わせた。彼はすごく豪快にビールを飲んで、それがとてもおいしそうに見えた。



「お酒、なんでも飲める?」

「あ、はい。一応は。」

「なっちゃんの飲みっぷり、相変わらず見てて気持ちいいね。」



可愛く飲んでいたつもりが、もしかしたら無意識に豪快に飲み干していたかもしれない。前もそう言われたから飲み方を考え直さなきゃなと思っていると、南出さんはそんな私を見て「ふふふ」と笑った。



「もっと飲ませてあげたいな~って思っちゃう。」



南出さんは肩肘をついて、こちらを見てふわっとした顔で笑った。ドキッッと胸が大きく高鳴る音が聞こえた。



――――ちょろい、チョロすぎるぜ私。




それからも南出さんは、楽しく食べて飲ませてくれた。私は思わずそのペースに乗せられて気持ちよく食べ進めて、気が付けば気持ちよく酔っぱらっていた。



「じゃ、なっちゃんがこれ以上酔っぱらう前に歌っちゃおっか!」



同じペースで飲んでいるはずなのに、余裕そうな顔をして南出さんは言った。何だよ、おとなの余裕なんて見せられたら本当に好きになりそうだからやめてくれよ。



しっかり酔っぱらっていた私は、南出さんのスキンシップを徐々に受け入れつつ、カラオケへ向かった。そして私たちはお互い好きなバンドの歌を歌い続けた。


祥子とのカラオケではよく歌っていたけど、知っている人の前でこのバンドの歌を歌えるのは初めてで、本気で幸せだって思った。



――――やばい、ほんと。好きになってしまう。





「じゃ、今日は帰ろっか。」

「はい。」


いい感じに歌ってさらに酔っぱらった私を見て、南出さんは終電もあるのにタクシーを呼ぼうと言ってくれた。カラオケ店員に呼んでほしいと頼もうとすると、大通りで拾った方が早いなんて言われたから、素直に言われた場所まで歩くことにした。



私たちの距離は、今日初めに合流した時より確実に近かった。たまに事故みたいに触れ合う手がなんだか熱くて、その度ドキドキしているうぶな私がいた。



「ねぇ、なっちゃん。」



少女みたいな気持ちになっている私を、南出さんは優しく呼んだ。そんな声で呼ぶのはやめてくれと思いながら見上げると、南出さんはとても真剣な目をして私の方を見て、そしてこういった。



「俺、初めて会った日からなっちゃんに恋してる。返事は急がなくていいけど、そう言うつもりで俺と会ってほしい。」



う、嘘でしょ…。


聞き覚えのあるセリフに、心底驚いたと同時に、一気に酔いが覚める感覚がした。


そして思った。



―――こんなことって、本当にあるんですね。



本日二回目のセリフだった。

いやいや、そんなことを言っている場合ではない。あの天使が言ったこと、その通りに言われてしまった。ついに予知夢を見られる能力が備わった…?



そんな熱いセリフを言われたことへの動揺よりも、一言もくるわずあのセリフを言われたことの動揺が大幅に勝っていた。



「ダメ、かな。」



あまりにも私が黙っているもんだから、南出さんはしゅんとした顔で言った。今度はその表情にどうようしながら、「えっと」と何とか言葉を絞り出した。



「いや、えっと…。南出さんは彼女さんとか、いないんですか?」




未だにすべてのことが信じられなくて、そう聞いた。すると南出さんは今度は私から目をそらして、「なんで?」と聞いた。



「だって南出さん、とっても素敵だし優しいし…。いない方がおかしいと思って。」



酔っているせいか、恥ずかしいセリフがすらすらとセリフが口から出た。南出さんはやっぱり私から目をそらしたまま、「いないよ」と言った。



「いたらこんなこと言うわけないじゃん。」



南出さんは当たり前のことを言って、にっこり笑った。



そして今度はこう思った。



――――いますね、彼女。

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