ASMR好き委員長、苦悩する
二月の日曜日、サライの家は朝から甘い香りに包まれる。
サライは、製菓用のチョコを刻んでいた。
市販の板チョコは、そのままおいしく食べられるように加工してある。
手作りに使うのは「製菓用」がいいという。
「はあ……」
サライは、ため息をつく。
いつものサライなら、チョコを刻むザックリ音は大好物だ。今回は、癒やされない。チョコをステンレスのボウルに入れてムダにゴロゴロと転がしても、同じだった。
リビングでは、母が掃除をしている。
父は新聞を読みつつ、サライの様子をチラ見していた。
お弁当以外では、お菓子もよく作る。クリスマスは家族にケーキを振る舞い、生徒会にはクッキーなどもよく作ってきた。
ただ、今日のサライは覚悟を決めている。自分の感情と、向き合おうとしていた。いつも副会長気感じていたこの気持ちは何なのか。その答えを出そうというのだ。
心臓が痛い。別に、病気でもないのに。
普段、お菓子作りの時はワクワクしていた。
手作り用チョコを包丁でザクッザクッと切る音は、ASMRでも大人気の音声である。
なのに、今日は必要以上に失敗を恐れていた。
ボウルに刻んだチョコを入れて、湯煎を行う。
「ねえ母さん、やっぱりサライの様子が変だよ? あのチョコは誰のだい?」
ソファで新聞を読みながら、父がサライの顔色を伺っている。
「心配しなくても、サライちゃんは私たちのタメにもチョコを作ってくれますよ」
家族分のコーヒーを淹れながら、母はリラックスしていた。
「気を回さなくていいんだよ。サライのくれたものなら、店売りだって喜ぶさ。でも、あの思い詰めた顔を見ていると」
「お父さんはサライの一挙手一投足に過剰反応しすぎです。そんな調子だから無視されるんですよ?」
「誰に渡すのか、聞きに行ってもいいかい?」
父が新聞を畳む。
「およしなさいよ、みっともない。どれだけ心配性なんですか」
母は、父の袖を掴んだ。
チョコをかき混ぜながら、サライはため息をつく。
「だって母さん! キミは娘が心配じゃないのかい? ああ、またサライがため息をついた!」
「あなたに呆れているんですって……」
サライは、お湯と氷水を用意した。
ステンレスボウルの底ををお湯に一瞬当てて、放す。
チョコを混ぜながら溶かしていく。
五〇度になったら、ボウルの底を今度は氷水に一瞬付けた。
二八度になるまで、混ぜ続ける。
この作業で注意するのは、水をチョコに入れないこと。
砂糖が水と反応してチョコが白くなり、味も悪くなるからだ。
冷蔵庫に入れていた板チョコの底が、白くなる現象と同じである。
「見てみて母さん、サライがテンパリングを始めたよテンパリング!」
「あなたがテンパってどうするんですか……」
よし、色艶よし。冷やして固めてできあがり。
「うん、おいしいよサライ!」
「お茶請けにぴったりの甘さね。口当たりもいいわ」
両親には申し訳ないが、味見役になってもらった。
ラッピングして、生徒会に配る用とタケルに渡す用と分ける。
後は渡すだけ。渡すだけだが……。
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