肆の2

「……大体ね、私は村田ではなくて〝田村〟ですよ。申木さん、そこのところを間違ってもらっては困りますねっ!」

「ああ、そうですかい。それは、失礼を致しましたね」

 逐一、不機嫌そうな村長に疑惑の眼差しを向けたが、こいつはどう見ても古狸の〝村田〟だ。嗅ぎ分けた「匂い」が、その真実を明確に告げている。ただし、戸籍や名前を変えるなど、古狸にとっては専売特許のようなもの。

 彼らは他人の誰かと入れ替わるなど造作もないのだ。

 よしんば、根気よく証拠を探したところで、何も見つかりはしないだろう。巧妙なまでにその生きた痕跡を消すのだった。

 動揺を隠すようにポケットから電子煙草を取り出し、村田は無碍な態度で吸ってみせる。正体をあっさり見破られて、半ばヤケ糞なのだろう。

 壁には「禁煙」と書かれた貼り紙がしてあるが、本人は一向に気にする様子も気配もない。苛々と貧乏ゆすりをしながら、真っ白な煙を吐き出して、視線を宙に泳がせていた。

「……ただね、その古狸って組織なら、噂ぐらいなら聞いたことはありますよ。私だって、昔からの地域住民ですからねえ?」

 と、不満そうに扇子を閉じると、小刻みに電子煙草を振りながら縁士を指差す。その反応だけで、村田が古狸であると自白しているようなものだった。

「なら、話は早いな。俺はの遣いでやって来たんだ」

「なっ! ……まっ、魔女だって!?」

「どうした? なにか問題か?」

 どうやら、事前に聴かされていた仲間の話と多少の食い違いがあったようだ。村田は苦虫を噛み潰したような顔で煙草をくゆらす。なにか懸命に策を考えているのか、落ち着きなくしきりに膝を叩いている。

 古狸も、魔女にこっ酷くやられた過去があり、村田自身もあまり関わりたくなかったのだろう。まさに、目の上にできたタンコブ。歯向いでもしようものなら、彼女らの古臭いファシズムで叩き潰されるだけだ。強者を正当化するために弱者がいるのだと云わんばかりに。

 暫くすると、他に良い案が浮かばなかったのか「ああっ!」と、村田は大声をあげて鼻の穴から煙りを吹き出す。そして、舌打ちを一つしてから顔を背けて「それで、そちらの要件はなんですかね……」

 と、蚊の鳴くような声で情けなく呟いたのだった。

 縁士は苦笑いを堪えつつ、やや前身を乗り出して、左右を気にしながら目を配る。只ならぬ緊張感を演出して言葉に重みを持たせるのだ。そうして、少し間を置いてから、警戒するかのように村田の耳元で囁いたのだった。

「……明日の早朝から、上の村でひと騒動起きる。そこで、あんたには所轄の警察の根回しと、住民たちの説得をお願いしたい」

「ひと騒動って、そんな簡単に言わないでくださいよ」

「名分はなんでもいい。村民の生命と財産を守るためのとか……。よくわからんが、口当たりの良い建前が色々とあるだろう?」

「しかし、私にも立場ってものがありますからねえ……」

 ところが、片眉を下げて首を捻るばかりで、どうも村田は歯切れが悪かった。なかなか承諾しないのも、強欲な狸ゆえの特性なのだろう。だが、彼らは自らの命を天秤にかけたとしても、利益につながらない仕事は死んでもやらない。たとえ、その身が破滅して殺されたとしてもだ。

 これもまた、村田を狸たらしめる美しき存在証明だったが、貪欲な奴等らしい手応えでもあった。ならば、取引を持ちかけるには絶好な機会でもある。勿論、縁士もこんな辺鄙な田舎までのこのこと手ぶらでやってきた訳でない。それなりの「手土産」が必要になると想定していたからだ。

 現に、村田も心待ちにしていることだろう。自分が古狸の残党と疑われているなら、相手も必ずその手順を踏んでくる。魔女の遣いとあらば、それなりの土産は準備してくるはず……と、高を括っているのだ。


 ──いいだろう。それならば、存分にくれてやる。


 ふう……と、小さく肩を落とし、縁士は緊張をほぐすように首の後ろをゆっくりと撫でる。そして、いかにもと云う具合にソファにもたれかかり天井を見上げた。見え透いた演技で口元をへの字に結ぶ村田は、ちらりと此方に視線を送り、いまかいまかと土産を待ち構えている。

「実は、ちょっと見てもらいたいものがあってね……」

「ほうほう、なんですかね?」

 縁士は手にしていたスマホを器用に操作して、悩ましげに一枚の写真画像をみせる。村田は顎に手を充てながら「どれどれ?」と、わざとらしくも神妙な面持ちで覗き込む。まるで茶番劇だ。だが、その画像を目にした途端、直ぐに顔色を曇らせたのだった。

「こ、これって……。ア……、アンナちゃんじゃないですかっ!?」

「……と、村長さんだな」

「そんなことは、わかってますよっ!」

 写真には、村田と一緒にメイド姿の若い女の子が写っている。

 目のやり場に困るような豊満な胸を強調させ、いやらしい村田の目線が女の胸元へと流れていた。すけべヅラの狸親父の顔でしかない。

「いったい、どこで手に入れた!?」

「そんなの知らんよ。あんたがゴネるようなら使えと、渡されただけなんでね。しかし、本当に若い女が好きだよなぁ!?」

 と、鼻先で笑いつつ、画像を次々にスライドさせ目の前で展開させてみせる。昼の飲食店での楽しげな食事風景、海岸沿いを高級車でドライブしてる二人、その中には「夢の国」で嬉しそうに闊歩してる仲睦まじい写真まであった。

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