参の3

 「小太郎」と名乗る若者は、細身で華奢な体格だった。

 蒼味のかかった白い肌が印象的な、かなりの美形の男性だ。爽やかで物腰も柔らかく、清々しいまでの好青年。不覚にも、結子はこの青年に惚れてしまう男性側の気持ちがすこしわかってしまった。

 とはいえ、広樹にそういった傾向は全くなかったはず。

 仮にそうだったとしても、身辺調査の段階で男色の片鱗が見つかるもので、それらしい報告が上がってきただろう。にも関わらず、どういう風の吹きまわしでこの状態に陥ってしまうのか……。

 広樹曰く『新しい世界の存在と、真実の愛に目覚めた』のだそうだ。おまけに、小太郎の横で鼻の下を伸ばしながら『愛はすべからく平等で、君や息子のことも変わらず愛している』などとも宣ってくる。

 茫然自失とする結子は気持ちの整理がつかず、呆気に囚われてしまっているのもあってか、その場での判断を泣く泣く保留するしかなかった。

 「青天の霹靂」という文言だけが頭の中でぐるぐると反芻される。結子はなるべく冷静に、落ち着くよう懸命に心がけた。怒りの感情だけには流されてはいけない。相手の煽り文句に乗ってしまえば最後、命を落とすのは自分自身だ。

 人類の長い歴史がそれを証明している。いずれ、広樹と離婚をするにせよ、周囲にどう説明すればいいものか。突然、夫が同性愛に目覚めて恋人を連れてきたなど、口が裂けても云いたくない。第一、息子になんと伝えれば良いのか、皆目検討がつかなかったからだ。

 とりあえず、幾度かの話し合いを経て、結子が息子を引き取り、広樹とは別居するという形で落ち着いた。しかし、家庭内の崩壊はもう、免れられないだろう。

 たとえ、仕事が忙しくても、家庭を省みなかったわけでもない。家族をおろしかにしたつもりもなかった。果たして、どこで踏み間違えたのか、何がいけなかったのか……。

 ところが、鬱々とした結子の感情とは裏腹に、以前より息子と広樹の関係は良好になってしまう有様。去年と同じようにクリスマスパーティーを広樹と行い、一緒に年越しまで迎えてしまった。

 やはり、血は争えないものなのか、あの小太郎とかいう青年に息子はすごく懐いてしまっている。なんだかんだと、それも時代の流れなのだろう。

 親戚の反応は想像以上に穏やかで、両家の両親まで一応の理解を示してくれたりと、結子にとっては全くをもって腑に落ちない。なんとも後味の悪い屈辱的な展開となってしまったのだった。


 ──断続的に耳障りな音が聴こえる。

 視線を下に落とすと、テーブルに置いてあるスマホが小刻みに震えていた。どいつもこいつも、何故こうも自分の邪魔ばかりしてくるのか。

 身勝手で、傲慢で、そしてアライグマのように喧嘩っ早い。すこしは大人しくしていられないのか。口を開けば、頓珍漢な言い訳ばかりを並べて捲し立ててくる。いい加減、此方も気が変になりそうだ。

 しかし、煌々と表示される〝西園寺エリス〟という文字を目にした刹那、酔いが冷めるように現実に引き戻された。瞬時にして我に返った結子は珈琲をこぼしながら、慌ててスマホを手に取る。


 ──『結子? 考え事をしてるところ悪いのだけど、しず江さんの回収と保護

    をよろしく頼むわ』

 ──『……か、考えごとなんて、別にしてないわよ』

 ──『そうなの? でも、給料分はしっかり働きなさいよ。おわったら、連絡

    をちょうだい』

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