参の2

 夫の「広樹」とは、共通の友人を通して知り合った仲で、キラリと光る白い歯と笑顔が素敵な、全身ギャグ漫画みたいな男だった。どこからどうみても、気色が悪い。趣味の悪さが細部まで冴え渡り、結子の好みとは真逆をゆく、冗談のような存在だった。

 当初は、微塵の興味も示さず、鼻にもかけなかった。

 だが、その無関心なまでの態度が広樹の心に火を点けてしまったらしい。猛烈なまでの求愛行動は連日続き、何度断ってもしつこく交際を持ちかけてくる。そこまで好かれた経験もなければ、恋愛も御無沙汰だった結子にとって、ほとほと迷惑な話でしかなかった。

 その反面、仕事は真面目でこの上なく優秀。窮地の際には必ず駆けつけ、何度も救ってくれたりもした。感謝と嫌悪の板挟み、もはや自分の意思すら曖昧だった記憶もある。

 昔から、押しの強い男には弱かったのもあるのだろう。

 魔女からの口添えも加わったせいか、ついには根負けして、デートや食事を重ねる羽目となってしまったのだ。そうして、「とある事件」を皮切りに、結子はなし崩し的に広樹と付き合うようになり、なんとくプロポーズをされ、結婚をして、そして子供を授かってしまったのだった。

 綺麗に順序を辿れば、事業拡大のための政略結婚に近かったのかもしれない。魔女との社会的繋がりを欲する広樹と、その影響力を少しでも緩和したい結子。今更ながら、お互いの「利害関係が一致してしまった」だけのこと。三十路が間近に迫り、結子が結婚を焦っていたせいもある。

 ただ、広樹は非常に家庭的で子煩悩な男でもあった。意外な側面だ。

 良き夫として立ち回り、育児は勿論のこと、家事全般を率先してこなしたりもする。煙草も吸わず、酒は嗜む程度。近所の評判も上々で、連休の日には家族旅行をして、主にキャンプなどを好んだ。

 広々とした青空のもと、夫婦で自慢の手料理を振る舞い合い、満天の星空を見上げながら三人で飲む珈琲の味はいまでも忘れられない。最初は居心地の悪さすら覚えていた結婚生活も、広樹の献身的な努力により、次第に幸福なものへと変化して行ったのだった。「結婚と子供」など一生縁がない思っていただけに、結子にとってはようやく掴み取った平均的な幸せと云えたのかもしれない。


 ──だが、そんな幸せな生活も束の間、10年ほどで終焉を迎えてしまう。


 ここ数年、広樹の挙動がおかしかったのには気づいていたが、まさか浮気までしているとは思いもよらなかった。相手はどんな女なのか……。

 もともと、広樹は隠し事ができない不器用な性格だ。良心の呵責に耐えかね、相当苦しんでいたに違いない。不倫を問い詰めて白状させた時は、心底ほっとしたとも吐露していた。

 一時は自殺も考えていたらしい。しかしながら、第三者からの密告がなければ、正直わからなかっただろう。生来、備わってるはずの女の勘がうまく機能してなかったのも何処か引っ掛かる。なぜ、勘付けなかったのか……。

 そして、三人で話し合いの場を設け、広樹が連れてきた浮気相手を見て、結子は愕然とした。目の前の視界が歪み、ガラガラと音を立てて、足元で何かが崩壊していく音が聞こえる。


 ──浮気相手は『男性』だったのだ。

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