弐の10
「交渉成立ね」と、ほくそ笑むと、魔女はタバコを吸いながら旨そうに酒を飲む。若干、酔ってきたのか、空になったグラスを振ってしきりに視線を送ってくる。お酌をしろという意味なのか、いち華は不服な顔をしながら面倒くさそうに酒を注いだ。
「それで、条件はなによ」
「そうねえ、とりあえずはウチの養子になりなさい」
「えっ! イヤよっ!」
「……イヤじゃないわよ。いずれ、しず江さんのとこも離れるつもりだったんでしょう? どうするのよ、まだ中学生なのに」
と、まるで母親みたいなことを云う。その表情からみて世辞などなではなく、本気で心配している様子が伺えた。心なしか、むず痒い気持ちにもなる。
しかし、いち華は少々驚いていた。そもそも、なぜその話を知っているのか。
ごく限られた人間にしか打ち明けていない裏の情報をもう掴んでいるとは。幾ら何でも、仕事が早すぎだ。……だがしかし、心当たりのある人物が一人だけいる。先ほど、メールを寄越したあいつなら十分に考えられた。
多分、お得意のネットで西園寺エリスを調べ上げて、焦って芋を引いたに違いない。恐れおののき、頭を抱える彼女の姿が安易に想像できてしまった。
「どうせ、相馬ヒミカが裏切ったんでしょ? そうでしょ!?」
「そんな言い方しちゃ駄目よ。たった一人の友達じゃない」
「いや、ヒミカは、そういうのじゃなくて……」
エリスは鼻で笑いながら「なによ? ビジネス・パートナーとでも言いたいの?」と、ノートパソコンを開き、なにやらカタカタとキーボードを打つ。
そして、表示された画面に顔を寄せ、「あんっ?」と言いながらすぐさま眉間に皺を寄せる。みるみると、顔を紅潮させていく魔女を見て、いち華は事の経緯を察した。
「ちょっと、あんたってば、競馬で生活費を稼いでたの!?」
と、エリスは呆れたようにこちらを二度見したのだった。
どうやら、もう全てが筒抜けのようだ。なんだか、自分が徐々に情けなくなってくる。魔女から不利な情報を引き出すはずが、ドツボにはまっていたのは自分だったのかもしれない。所詮、小娘の考える小手先の悪巧みなど、とうにお見通しなのだろう。
いましがた指摘されたように、友達らしき人間は「ヒミカ」ぐらいしかいなかった。確かに、あいつは現金な女だが、他の同級生と比べても鶏群の一鶴に映るほど優秀だ。頭もすこぶる良い。やり方は雑だったとしても、少なくとも金の稼ぎ方を知っている。自ら相談に乗り、競馬を勧めてくれたのも彼女自身だった。
「……だって、仕方ないじゃない。お金は必要だったし」
「競馬なんて駄目よ。やっぱり、ウチのとこへ来なさい。しず江さんの分まで面倒みるし、ついでにそのヒミカっていう友達も一緒に連れてくるといいわ」
「どうして、ヒミカもついてくるのよ!? ガムのオマケじゃあるまいしっ!」
「……あのね、友達は大事になさい。魔女と気の合う人間なんて早々に現れないわよ。ただでさえ、学校で浮いてるのでしょ?」
その言葉を耳にして「魔女じゃないわよ」と、いち華はそっぽを向いて頬を膨らませて見せたが、エリスは意に返すこともなく、何とも云えない表情でスマホを弄っている。まるで、鼻歌でも口ずさむように此方を無視していた。
肝心なことは自分から口にしない主義なのか、どうもさっきから歯切れが悪い。自分に関わる出生の秘密など、どうでも良かったが、この際だ。はっきりさせておいたほうが何かと都合も良かろう。いち華は天井を仰ぎ見ると、溜め息をひとつしてから「産みの母親」について尋ねることにしたのだった。
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