弐の6
現在はロビーのソファに座り、いち華はしばらく待たされている。
車を降りる際、所持していた日本刀は危ないからと没収されてしまった。中身は模造刀だと言い張ってみたものの、あの魔女がそんな下手な言い訳を信じるわけがない。あとで返却することを約束させ、嫌々とフロントに預けたのだった。
それにしても、高級そうなホテルだ。あれこれと目移りしてしまう。
いち華は、こういった場所にはとんと縁がなく、修学旅行で宿泊するホテルとは一線を画している。ティーカップにテーブル、床一面に敷かれている絨毯一つとっても、眼を見張るような上物ばかり。そして、真横には強面の運転手が立っており、訪れてくる客達を次々と睨みつけていた。
皆は咄嗟に目を反らすか、蜘蛛の子を散らすようにその場を後にする。
運転手の身長は雄に190㎝を超えてお入り、横に立たれてるだけでも結構な威圧感を与えていた。その物腰から見ても、かなりの手練れなのがわかる。道場でもこれほどの男は目にしたことがない。本能が欠落したよほどの馬鹿でもない限り、食ってかかる人間もいないだろう。
車内でたまたま耳にしてしまったが、運転手の名は「レンジ」というらしい。魔女がそう呼んでいたからだった。ただ、補聴器を装着してる様から見て、もともと耳が不自由なのだろう。そのせいか、先ほどから一言も言葉を発していなかった。
いち華は居心地が悪そうに紅茶を口元まで運ぶと、ホテルの中庭にいる魔女にちらりと視線を送る。どうせ、また仕事の絡みの話でもしているのだろう。かれこれ、もう30分以上もだ。物事には優先順位があるにせよ、自分から強引に誘っておいて、ここまで放っておかれると少し複雑な気分にもなる。それに、まだ会話らしい会話もほとんどしていない。
しかし、此方の視線を察したのか、エリスは片合掌しながら謝ってくる。
妙な勘ばかり働く魔女だ。それに、今時の若い子が取るような所作ではない。移動中の車内でもそうだったが、電話越しに流暢な英語を自在に操っていたりと、実年齢もいまいち掴みにくい。聴き取れる内容からも、大部分は金融関係の話だ。どこの口座にいくら金を移せだの、出資しろだの回収しろだの、魔女の割にはどっぷりと俗にまみれている。
間を紛らわせるように紅茶をひと口飲み、いち華は時計の針も気にしていた。
もう、17時を回っている。さっさと話だけでも終わらせて帰りたいものだ。母が失踪して以降、近隣に住む親戚に面倒をみてもらってる手前、これ以上は迷惑をかけるわけにはいかない。だがその分、監視の目は厳しい。わずらわしい状況を避けるためにも、日が暮れる前に帰らないとならなかった。
早々に事情を伝えておきたいところだが、レンジの聴力はどの程度なのだろうか。エリスは手話を用いて会話をしていたところを見ると、聾唖者に近い状態なのかもしれない。だが、あいにく手話まではできない。
どうしたものかと思案していると、軽く左肩を叩かれた。
レンジが向こう側へと顎で促し、合図している。ようやく長電話が済んだのかと、いち華は仕方なそうに渋々と腰をあげたのだった。目線の先には魔女が手招きをしながら、嬉しそうに微笑んでいる。まるで、旧知の親友に出会った時のようにはしゃいでいた。
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