弐の5

 如何にもと言う黒塗りの高級車がいち華の前に現れると、あれよあれよと車に乗せられ、瞬く間に郊外の高級ホテルに連れ去られてしまった。先ほどいた国道沿いから高速道路を乗り継ぎ1時間ほどの場所だろうか。少し振り返ってみても、ちょっとした拉致監禁のようなものだった。

 ただ、街に来るのは久しぶり。去年の夏、母のしず江と訪れた以来だろうか。買い物以外の目的があったわけではないが、母は賑やかな都会に憧れていたと思う。カフェテラスの椅子に座り、忙しなく往来する人々や車をいつまでも眺めていたものだった。

 しず江がどんな人間だったのかは、端的には説明しにくい。幸が薄そうな特徴のない顔と、不器用でいい加減な性格。その上、飽き性で人付き合いも苦手な、ともかく「華」のない女性でもあった。いち華の「華」と言う文字も、そんな自分に対する戒めや、娘への希望が込められていると思いきや、本当は好きな漫画の登場人物が由来だったというのも知っている。すべてが出鱈目なのだ。

 空想好きで夢見がち。だが、他人にどう思われようが飄々と生きる母親は側で見ていても気持ちが良かったし、一緒にいて退屈はしなかった。重要なのは、十分に愛されているかどうかだ。たとえ、血が繋がっていなくとも、そんな不完全で人間臭い「しず江」が、いち華は大好きだった。

 母親はみな、子供のために必死に岩を押す。毎日だ。一見、それは重荷に見えるかもしれないが「恵み」だったのだろう。この上ない、神様からの贈り物。しず江は日々感謝し、それを噛み締めているようでもあった。

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