弐の4
手元にあるモバイル・ルータの電源をオンにすると、複数の検索エンジンやスマホのアプリを連動させ、慣れた手つきで調べてゆく。
ここは腕の見せ所、さっそくお手並み拝見といこうではないか。所詮、蛇の道は蛇。検索ひとつとってみても、素人では到達できないような方法が存在していたりもする。
そして膨大な情報網の中から狙いのセンテンスだけを抜き出し、取捨選択するにはそれなりのセンスも問われた。たとえ他人が似たような方法論を用いたとしても、必ず同じ結果を辿るとは限らない。特に、検索に関しては独自のプログラムを組み上げるほどの熱の入れようだった。改良に改良を重ねた自信作、他者の追随を許すつもりもない。
ただ、法律にはなるべく触れない感じにはしているのだが、そこは正直に言って微妙なラインでもある。ことが公になった暁には未成年という立場を存分に活かして、おとぼけを決め込むつもりでもいた。
掴んである政府の有益な情報もいくつかある。あとは弁護士を通して交渉するしかなかろう。だが、リスクばかりを恐れていては先に進めないのもまた事実。時には心を鬼にして火中の栗を拾いに行かねばならぬ場合もある。なにはともあれ、女は度胸だ。それが、好機と見定めるのであれば、やるしかないだろう。
……ところが、さっきの威勢はどこへやら。期待とは裏腹に検索作業が進むに連れて、次第に雲行きが怪しくなってきたのだった。調べれば調べるほど、嫌な予感がする。少女は思わず顔をしかめた。
何故なら順に引っ掛かってきたワードを厳選して、インデックス別に分け、そして紐付けしていくと、〝西園寺エリス〟は、どうやら「かなりマズい人物」というのが徐々に判明してきたからだった。
〝西園寺エリス〟という「氏名」自体については特に気を留める記述は見当たらない。だが、問題は名刺に描かれている『洋風な家紋』だった。
随分と古い時代まで遡るが、これはかつて「女衒」と呼ばれる人身売買組織が関与している目印のようなもの。現在ではその姿や形態を変化させ、いちグループ企業として人材派遣や警備会社として銘を打っているものの、その末席を汚すように養子縁組という体裁で里親支援のプロジェクトを淡々と続けている。
おそらく、その時代に培ったコネクションやノウハウは活かされ続け、脈々と現代に受け継がれてきたのではなかろうか。さらに、いわゆる「フロント企業」といわれる会社なのか「人さらい」「身代金」「殺し」などといった怖い噂もまことしやかに囁かれている。海外の傭兵会社とも繋がりがあるようで、目を覆いたくなるような画像や情報も拡散されていた。
どれもこれも断片的な情報ではあるが、火のないところには煙は立たないもの。下手すれば、とんでもないやぶ蛇をつついてしまったかもしれない。
爪を噛みながら、少女はいっそう顔を曇らせた。
あの女のいう〝聡明であれば〟とは、これを見据えての脅し文句の類だったのだろう。しかしながら〝怪しい女が、そっちに近づいているよ〟と、ついついメールを送ってしまった手前、もはや言い逃れはできまい。
身から出た錆とはいえ、手痛い失敗だ。いずれ、エリスがいち華に接触してしまうのを鑑みれば、裏工作が明るみになるのは時間の問題。告げ口がバレれば、どんな仕返しかが待っているか分かったものではなかった。
後悔は決して先に立たないと人はいう。無駄に欲をかいてしまった報いなのか、優雅なティータイムが台無しだ。せっかくのカフェラテも、いまや味気なく感じてしまう。これはいよいよをもって、不味い展開になってきたのではなかろうか。
迷いどころではあるが、いち早く自らの素性を明かし、潔く謝罪して西園寺エリスに協力してしまった方が無難なのかもしれない。そういえば、一昨年に亡くなった祖父もよくこんなことを口にしていた〝太陽と金持ちだけには、逆らってはいけないよ〟と。
拗れて後手に回れば、その後が厄介だ。
だが、いまならまだ間に合う。少女はスマホを握りしめながら逡巡し、いま一度、改めてよく考えてみたが、別の良い手など浮かぶはずがなかった。時間もなければ、相手が悪すぎる。同時に、自分が既に詰んでいることにも気づかされた。
名刺の裏に書かれている携帯番号を目でなぞり、少女は深いため息をつく。「だめだ、もうちょっと泣きそうかもしれない」と、震えた指先でスマホを鞄から取り出すと、終始コール音を聞きながら力なく項垂れたのだった。
──もしもし、わたしは〝
『──はい、連絡先の名刺は西園寺エリスさんから直接いただきました。
それと、いち華さんとは同級生でして……、耳寄りな情報がいくつかありますので、お話だけでもと……』
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