その弐

弐の1

 ──胸元にある携帯端末が震えた。


 魔女からの着信だった。男は専用の端末機を取り出すと、彼女の現在地を目だけで確認する。やれやれ、と呟きながら椅子から立ち上がり、飲みかけの珈琲を一気に飲み干す。そして、読みかけの雑誌と新聞をゴミ箱に捨ててから、ゆっくりと空を見上げた。

 振り返れば、今日は穏やかな良い1日だった。そよ風と木漏れ陽を感じながら静かに珈琲を啜り、新聞や雑誌に目を通して気楽に過ごせたのだから……。なによりも、つんざくような耳鳴りがないのはありがたい。魔女の仲間から処方された秘薬がよく効いている証拠だろう。邪魔な雑音を綺麗に取り除き、しんと張り詰めた静寂はかえって心地よかった。

 さて、仕事の時間だ。給料分はしっかりと働かなければならない。

 駐車場に停めてある黒塗りの車まで男は駆け寄り、颯爽と運転席へと乗り込んだ。愚図愚図していると、またあの魔女に小言を並べられてしまう。手早くシートベルトをつけてバックミラーを軽く調整する。

 目的地までは、おおよそ十五分ぐらいだろうか。

 時間に厳しく、人に待たされるのを何よりも嫌う魔女だ。時は金なりと、機嫌を一度でも損えば手に負えなくなってしまう。数いる魔女の中でも最も敵に回したくない人物でもあった。決して、あのいたいけで可愛い見た目に騙されてはいけない。あれは魔女なんていう生やさしいものではなく、鬼そのものだ。

 よりによっての配属先、先が思いやられてならなかった。だからと言って、焦って事故でも起こしてしまえば、真っ先にクビだ。急がば回れ。男は周囲の安全の十分に気を配り、確認してから静かにエンジンをかけたのだった。

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