壱の10
「……そう。話は大方わかった。で、その魔女さんがあたしに何の用かしら。てか、なんでそんな色々知ってるのよ? そこからして、かなり怪しいのだけど!?」
「まあ、立ち話しもなんだから、そうね……とりあえず場所を変えましょうか」
「場所って、どこに行くつもりよっ!?」
「ここは暑くてたまらないのよ。汗だくで疲れたし、シャワーも浴びたいわ。喉も渇いたし、お腹も空いちゃった。もちろん、ご馳走するわよ?」
蒸し暑いのが余程に堪えているのか、エリスはいち華に取り合うことなく、そそくさと前を歩き出す。その足取りは軽やかに、気品すら溢れていた。そして、先ほどの魔法の杖を取り出すと、何処かに電話を掛け始める……。
エリスの表情は至って満足気だ。まるで、ひと仕事終えた時のような清々しさすら覚える。ただ、電話は会話もすることなくコール音を数回だけ鳴らしてすぐ切ってしまった。ここに迎えでも寄越すつもりなのだろうか。
……それにつけても、強引な魔女だ。こっちの都合などおかまいなしだ。
時折、能天気に笑顔を向けてきたりもするが、睨みだけは周囲にしっかり効かしている。逃げるつもりはないが、かなりのやり手だ。加えて、初対面にも関わらず、この押しの強さと厚かましさは只者ではない。そして、あの俊敏で華麗なまでの動き……。自らを魔女と名乗るだけあって、侮れない女だった。
もし、母のしず江から聴かされていた魔女の逸話が本当であるとするのであれば、他にもなにか隠し事をしているのに違いなかった。兎に角、わざわざ向こうから出向いて訪ねてくるぐらいだ。余程の事情があるのだろう。母との間にどんな確執があったによ「しず江」の失踪に関わっているのは確かだ。その為には速やかに状況を精査し見極めなければならない。
そして、いち華は前方を闊歩する魔女をまじまじと観察した。
すみれ色のワンピースに、腕にはキラキラと光る高級なブレスレットをしている。改めてよくみてみると、とても綺麗な「女の子」だ。年齢は自分と一緒ぐらいだろうか。云うのはなんだが自分と負けず劣らず、引けを取らないほどの容姿をしている。世間の女はブスばかりだと思っていたが、それだけでもいち華にとっては驚きだった。華奢な身体をしているが、実際は筋肉質で引き締まっており、スタイルも抜群に良い。ただ、魔女を名乗るには些か幼い気もする。見た目と口調があべこべなせいかもしれない。他にも仲間の魔女はいるのだろうか。
いいや、この際だ。細かいことは置いてこう。
日は既に傾き掛けている。熊狩りの計画は少し狂ってしまったが、仕掛けた罠さえ機能してくれれば、いずれヤツの方から姿を現すはずだ。焦ることはない。
利害の一致があるのであれば、ついでにこの魔女とやらも巻き込んでしまえば良いのだ。いち華はそうほくそ笑むと、山あいから吹き込む生ぬるい風を浴びながら、気だるそうに歩く魔女と歩調を合わせたのだった。
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