壱の8

「へっ?」

「わたしは、魔女なの」

 エリスは恥ずかしさのあまり顔から火を吹き出しそうになった。みるみると頬が赤く染まって紅潮してゆく。中二病でもあるまいし、正直、穴があったら声をあげて飛び込みたかった。

 まさか、このタイミングで〝魔女〟を名乗る羽目になってしまうとは、ほとほとに運が悪い……。

 この恥辱、エリスにとっては予測の遥か斜め上をいく想定外の出来事である。はたから見れば酔狂、狂言回しもいいところだった。

 しかしその一言は、いち華にとっても同様の衝撃と反応を与えているようだった。思いもよらぬ返答に虚を突かれてしまったのかもしれない。現にいち華は真顔で取り乱し、僅かに動揺もしている。そして、これがうまいこと功を奏したのだろう。初手からの捨て身の正体明かしだ。恥を掻いてしまったその分、いち華にとっても効果抜群だった。

 呆気にとられたのか、それとも呆れ果てたのか。刀の柄からも手を離し、警戒を解きつつある。

 なにはともあれ、大惨事を避けられたのであれば好都合、結果的にみれば儲けものだ。やがて、いち華は眉を下げて小さく息を吐くと、脱力したように構えを解きながら面倒臭そうな面持ちをした。

 その様子を垣間見て、エリスは取り敢えずほっと肩を撫で下ろした。なにからなにまで、ぶっ飛んでいる少女だ。そんな極端で大げさなところも姐さまと似ていた。

「魔女の噂話ぐらい、どこかで耳にしたことあるでしょ?」

「……なんとなくなら知ってるわ。昔、欧州のどこからか来たって話なら。でも、それって都市伝説の類いじゃないの? にわかには信じられないわ」

 だが、何か他に思い当たる節があるのか、いち華の表情からは困惑が読み取れる。当初から睨んでいた通り、母親のしず江からも「魔女の逸話」を聴かされていたのだろう。先ほどとは打って変わり、幾分だが態度も軟化していた。

「戦後の混乱に乗じて、日本に亡命してきたっていうのは本当の話よ。でも、公にはできない裏事情もあるから、情報操作しているだけなの」

「……そう。それなら、魔法を見せてよ」

「ええっ? ここで?」

「だって、魔女なんでしょ?」

 そう嫌味ぽく云うと、いち華の円らな瞳がぱちくりと動いたのだった。

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