壱の7

 ──どうする? どうすればいい?


 じりじりと間合いを詰め、いち華は刀の柄に手をかけいまにも飛びかかってきそうな勢いだ。しかし、まだ抜いてはいない。幕末の志士でもあるまいし、居合でも使うというのか。ご丁寧に殺気まで伝わってくる。なぜ姐さまの子孫たちは、どうしてこうも極端なのだ。

 しかしながら、仮に鞘の中身が本物の真剣であれば殺傷沙汰の事件になってしまう。冗談じゃない。新聞の一面など飾るなど、まっぴら御免だ。

 自問自答を繰り返し、エリスは必死に解決の糸口を探る。だが、考えれば考えるほど言葉が頭から離れ霧散してゆく。人の感情は理屈やロジックでは簡単に測れないものだ。正解や不正解が混ざり合い、時と場合によってころころと入れ替わる。数字の方がよっぽどましだ。そして、おいそれとは一筋ではいかないはず。しかも、相手が年頃の少女がゆえ、発言には細心の注意を払って選ばなければならなかった。


 ──「あなたは、だれなの?」か。まるで禅問答だ。


 我思うゆえに我あり、とも応えればいいのか。それとも、あるようでない、ないようである。虚数解とも喩えるべきか。……本当に馬鹿らしい。不思議と笑いまで込み上げてくる。おかしな講釈を垂れている場合でもないというのに、くだらぬ考えばかりが浮かんでは消えてゆく。

 しかし、その時だった。

 矛盾した感情が交錯するなか、ふと歌でも口ずさむようにエリスは小さく呟いてしまった。

 いや、云ってしまったのだ。何故だかわからない。感情のおもむくまま、なんの脈略も計算もない純粋で無垢なひとこと。それがさも必然であるかのように、心から溢れ出してしまった言葉だった。


 ──〝魔女〟よ。

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