壱の6

「初めまして。わたしはエリスという者よ。西園寺エリス。あなたは、いち華ちゃんよね?」

「……もう一度だけ、聞くわ」

「はい?」

「あなたは、いったいだれなの?」

 いち華は抜刀の構えを崩さぬまま、此方にゆっくりとにじり寄ってくる。エリスは後退りしながらも、必死の弁明を試みることにした。いざとなれば致し方ない。一戦を交える覚悟も辞さなかった。

「おちついて、わたしは決して怪しい者ではないわ。ほら、手には何も持ってないでしょ? 丸腰よ?」

「油断させようたって、そうはいかないわよっ!」

 おそらく、いち華は直前になってそれまでの対応を変えたのだろう。野生のような勘の鋭さと、抜け目のない洞察力だ。加えて、一度めと二度目の質問では本質的な意味合いが違うのは何となくわかる……。

 兎にも角にも、いきなり面倒な展開になってしまった。

 返答の如何に寄っては即座に敵対しまう可能性すらある。しかし、なんと答えれば良いものか。エリスは数巡の後、間をとりながらも慎重に口を開いたのだった。

「しず江さんの……。わたしは、お母さんの関係者よ」

「ママの?」

 一言だけそういうと、いち華は眉間に皺を寄せ、気を許す気配がないまま正面から睨みつけてくる。だが、それ以上は答えようとはしなかった。

 認めたくがないが、非常に切迫した状況だ。友好的な関係を築くはずが、些細なことで一発触発の状態になってしまった。自業自得とはいえ物事とはすんなりとは上手くいってはくれないもの。厄介な場面ほど、その困難は理不尽に付きまとってくる。

 エリス自身、もう少し穏和な対処ができなかったものかと自らを小さく戒めた。今となっては、悔やむに悔やみきれない。ここで踵を返して逃げるにしても、余計に疑われてしまうだけ。仕切り直すにしても、そんな猶予も時間もない。まさに、八方塞がりだった。


 ……きっと、二度目はないだろう。『姐さま』もそういうひとだった。

 

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