壱の5
「あなた、だれなの?」
その刹那、凛と澄んだ声にエリスは思わず狼狽する。唐突に背後から話し掛けられたせいか、条件反射的に身体が跳ね上がってしまい、ついつい間合いを大きく取ってしまったのだ。
咄嗟の行動とはいえ、頭で考えるより先に反応してしまうその俊敏な動きは、目を奪われるほど可憐で美しい。弧を描くような一連の動作は土埃りを上げ、風を巻き起こすが如く豪快だった。
それとほぼ同時に、振り向きざまに映った少女の目をした瞬間、エリスの疑問はある種の「確信」を得るまでに到った。その端正なまでに整った綺麗な顔立ちから、かつての〝姐さま〟を彷彿とさせる、懐かしい面影がそこにあったのだ。
──やはり、とても似ている。
だがそんな感動とは裏腹に、いち華の眼光はいっそう鋭くなり、鞘の剣先を此方に突きつけ、用心深く身構えていた。エリスの常人離れした動きを目の当たりにし、いち華はより警戒感を強めたのだろう。自らの身の危険を察知し、猫のように姿勢を低くすると、すかさず臨戦態勢を取ったのだった。
エリスは咄嗟に声を荒げる。「ちょ、ちょっと待ってよ!」
しかし、その訴えも虚しくいち華は黙殺するように微動だにしない。気の強い娘だ。手を向けて制止させるエリスの頬から一筋の汗が流れる。
突発的な出来事とはいえ、エリスにとってはやや解せない展開だった。たとえ武道の心得があったとしても、気配を消すなど年端のいかぬ少女ができる芸当とは思えない。いつの間にか背後をとられ、相手に声を掛けられるまで全く気づけなかったのだ。エリスは決して油断していたわけではない。むしろ、普段より集中していたはずだったのに……。
それにしても、末恐ろしい少女だ。抜刀の構えから推察しても、素人の水準はとうに越えている。様々な疑問が浮かんでは消える中、エリスはゆっくりと両手を挙げ「驚かしてしまったら、ごめんなさい」と、ある程度の距離を保ちながら自分に敵意が無いことを示したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます