その壱
壱の1
「ちょっと、待って」
「なによ?」
「熊に〝誘拐〟されてって、なに?」
棒アイスを口に咥え、事件の経緯を説明していた少女の動きが一瞬だけ止まった。
きょとん、とした円らな瞳を此方に向け、虚をつかれたような顔をする。
「……そうよね。ふつうは〝殺された〟とか〝さらわれた〟だよね? でも、確かに〝誘拐された〟って聞いたの」
「おかしな話ね。でも、本当に誘拐されてたりして?」
まさかね、といった具合に少女は棒アイスを向こう側へとゆっくりと指してみせた。強い日差しと茹だるような暑さでアイスから雫が垂れる。そして、遠くに向けられた棒の先には少女らしき人影がひとり。ちょうど、ここから見渡せる橋をゆっくりと歩いていた。
「あれは多分……、いち華ちゃんだよ」
「あの子が? あなた、ひと目でよく分かったわね」
額に手を充て目を凝らして見たが、顔まではうまく認識ができない。遠くを眺めるように爪先立ちで背伸びをしてみたが、さほど状況は変わらなかった。
「ほら、よく見て。手になにか持ってるでしょ?」
「手にって……」
確かに、少女がいうように、いち華は手に持っている。何か、長い棒状のものだ。釣り竿にも思えたが、明らかにその形状が違う。銛にしては少々短く、先端が三つ股に分かれているわけでもない。少女の話から察するに、いち華が普段から持ち歩いているものなのだろう。
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