第5話 ヒューマニティ・アンコントローラブル

「彼は私のことなんて愛していなかった! それどころか能力さえ偽りだった!」


 超人、と呼ばれる彼らは、亜人種ではなく、人類の中に稀に突然変異で発生する特殊能力所持者だ。

 高い知能や高い運動能力、知覚が常人を超越していることもある。

 殺害されたヨユヤード氏も超人であり、それらすべてを有していた。


「まあ、落ち着いてくださいミレルさん、座って」

「いいわ、私は所詮罪人よ」


 小柄な女性だ。人間種の中でも平均より小さいだろう。

 大柄で筋肉質なヨユヤード氏の肩に乗ると丁度いい。


「殺意があり、そして彼を殺害したことを認めるんですね」

「そうよ。私が彼を殺した。彼を」


 下を向くと大粒の涙がこぼれた。

 彼女はヨユヤード氏の恋人のはずだった。

 別れ話がこじれて殺してすっきり、という顔でもない。


「泣くくらいなら殺さなければよかったのでは」

「いいえ……私は勝った。賭けに勝利したの、間違いなく……だって彼は死んだのだから」


 超人とはいえ人間なので、普通に死ぬ。失血でも酸欠でもショックでも死ぬときは死ぬ。

 あくまで人間の能力の範囲内で、超越しているだけに過ぎない。


「勝つと泣くんですか? 嬉し泣きには見えませんが」

「これは……悔し泣きよ……偽りだったあの人を愛してしまった自分が、悔しくて仕方ないんだわ」


「超人、ではなかったと言うんです?」

「そうよ。彼は超人なんかじゃなかった……他人より少しだけ要領がよかっただけ。目立ちたがりやで、すぐに人前に出たがって、人助けなんかを率先して、そして称賛が欲しかっただけ」


「研究論文なんかはどうやって書いたんでしょうね?」

「どこかからの引用じゃないのかしら? そのくらいの小細工、彼なら簡単に……簡単に……」


「小細工」

「凝り性なのよ、私が困っているとすぐに解決方法をどこからか持ってきてくれる……そういう、チップスを集めるのが趣味だっただけ」


「それで論文が書けたらたいしたものだと思いますが」

「なにが言いたいのかしら探偵さん、でも……明らかでしょう?」


「なにがです? 彼が超人ではなかったということが、ですか?」

「そう。私は、彼を刺し殺したのよ」


「……致命傷にはならず、何度も刺したようですね」

「そうよ! つまり、彼が本当に超人なら、私の刃なんて簡単に避けられたはずなの!」


「他に、彼が超人でない証拠はありますか?」

「何度も通信を送ってくるのよ。必要もないのに。あいさつだけ、とか。そんな無駄なことを『効率的』な頭脳を持つ人間がするのかしら? それから、私と二人きりになると途端に子供みたいになる。意味のないことをしたがる……」


 ああ。それは、ただの、恋だ。

 彼女は本当に気付いていないのだろうか。


「休みの日はどちらかの部屋に籠もりたがった。怠惰にごろごろしたがった……人並み外れたスタミナをあんなに褒めそやされていたのに。どうして、と聞いても『なんとなく』としか答えてくれない……明朗快活な上っ面はどこへいったのよ、ずっとぼんやりした顔をして」


 超人はたしかに卓越した能力を有しているが、やはり人間でしかない。

 生殖をしたがる本能があり、番になりたい欲求が表出する。下心が、ある。

 そうでなければ、せっかく世界に出現したその能力を、後世に残せない。

 むしろ子孫を残したい欲求は人一倍あって然るべきなのだ。


「疲れた、と友人に通信で漏らしているのを聞いてしまったの」


 疲れもするだろう。こんなに疑われていれば。


「嘘を吐き続けることに疲れたんだと思った」


 瞳の奥に、怒りが宿った。


「私は、本当に能力が優れた人を愛したかった。だから自分と賭けをした」

「賭けですか」


「本当に能力があるのなら、簡単には殺されないはずだわ。殺されてしまえば私の勝ち、殺されなかったなら彼の勝ちよ。私はそれを見れば彼を信用出来たでしょう。あらためて、彼を愛せた、でしょう……」

「なかなか、リスキーなことを、しますね」


「だってそうでしょう? そして彼は、優れた身体能力も、高い知能も、何ひとつ発揮することなく死んだの」


 思い出すように彼女は、刃物を手に持つような仕草をして、


「何度刺しても避けようとすらしなかった。頭も身体も、なんにも動いてないみたいだった。それが超人の振る舞いだなんて、ありえなかった」


 空想上の刃物を投げて、床を踏みつけた。

 固い声を落とす。


「ぜんぶ、嘘だったのよ」


 やり切れねえな、と思いながら。

 告げる。


「彼はあなたを愛していた。だから、あなたのされるがままになりたかった。あなたの意思を尊重したかった。抵抗のひとつもまったくしなかったことこそが、むしろ彼が超越していたことの証拠ですよ。常人には自分が殺されようとしているときにそれほど穏やかでいることなんて出来ません。ふつうの人間はみんな、生きていたいですからね」



「……なにを、言っているの……」



「それでも彼らは超人ですが、エスパーではありません。出来ないことはたくさんある。たとえば、相手の思考を読むことは出来ません。それは人間に本来備わっている能力ではないから、出来ません。腕を切り落せば生えてきませんし、膝から食事することも出来ません」


「でも……!」


「彼にあなたが賭けをしていることを知る余地がありましたかね、まあ知っていたとしても」


 睨みつける気にはならない。

 見る間に取り乱す彼女は、思い当たる節をいくつも見つけたのだろう、可哀想なほど顔色が変わる。


「愛する人が自分を殺そうとしたと思いながら生きるのは、死ぬよりつらいと判断したんでしょうね……そういう意味では非常に利己的ですね、と……言えば満足しますか?」


「いや……いやよ……そんなのは、いや……いやなの……」


「本当に超人だったなら愛せたと、思っていますか?」


「いや……い、や……」


「あなたは、超人を、殺したんです。人類の財産を消失させた……その罪の大きさがわかりますか?」


「いやぁあ!」


 おそらくは凶器を探して血眼になる。見当たらないから窓に駆け寄る。

 飛び降りようとするがもちろん施錠してある。


「落ち着いて……落ち着かないと、ほら」


 防犯用の魔術が発動して、彼女の身動きを封じる。


「自害しようとしたんでしょうが……あのね、はっきり言いますけど、あなたの命ひとつじゃ償えませんよ? その、罪の、大きさが、わかりますか?」


「……わかるわ、そんなもの……私と彼とじゃ釣り合わないでしょう?」


 ぼろぼろと涙を零しながら曖昧に浮かべた彼女の笑顔は、ひどく魅力的だった。


「はじめ、から……」


 自分とでは釣り合いがとれないという思いから彼に愛されていることを自覚できず、猜疑心ばかりが膨らんでしまったのだろう。


 実に彼女は人間らしいし、おそらくは、彼はそれこそを愛したのだろう。


「さてね」


 このくらいで聴衆は納得するだろうと思い、看護師を呼ぶ。

 彼女は連れていかれる。

 被害者が有名人だったせいで、音声のみの公開だがエンターテインメントショウにされてしまった。


 録音係の青年が頭を下げて出ていく。

 街頭映像に嬉々として出演していたヨユヤード氏の爽やかな笑顔を思い出す。


 凡人にはなかなかに荷が重い。

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交錯漸近線の事keen簿を投げつけろ ふにゃこ(水上える) @funyako666

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