第3話 プラスマイナスメモリー

 首が切り落とされているようだが命に別状はないようだった。

 長身の男性のように見える。


「事件性はないですね」

「そっちはどうでもいいんです。彼の頭がないということです」


 ヨダカは意図を掴みかねて首を傾げる。


「盗難をお疑いですか? 捕食されたように見えますが」

「捕食でしょうね」


 彼女、スーノは困ったように片手を頬にあて、どう説明したらいいのか、というふうに何度か腕を組み直した。

 どこかおっとりした雰囲気の美人である。亜麻色の長い髪が、頭を傾けるたびにふんわりと揺れる。


「彼の頭はとても食欲を誘う匂いを発しているらしいの」


 なにか意を決したような顔をして、彼女は奥の部屋のカーテンをあけた。

 そこにはまるで逆ハーレムの紹介画像のように。

 多数の男が並べられていた。


「彼の頭はすぐに再生するでしょう。そういう生き物なのだから」


 どうやら生態を聞くに、プラナリアのようなものらしい。


「まれに共食いは起こるものなのだけれど、捕食するともとの個体の記憶も取り込んでしまうらしいの」


 曖昧な笑みを浮かべている、美しい顔立ちの彼らは。

 明らかに発情した視線を彼女に送っている。


「つまり……」

「そう、私たちの強烈な愛の記憶を……その愉悦をもう一度得たくて、捕食した側はみなここ戻ってくるの」


 そうやってここまで数が増えてしまったわけか。二桁はいる、それ以上は目が滑って数えられない。

 多少の個体差はあるものの、似たような小綺麗な顔立ちが並ぶのはとても数えづらい。


「もとの個体の記憶があるから無下にも出来ず……私はずっとそれを拒めずに……こうして彼らの愛を……毎夜毎夜と一身に受けて、おりまして……」


 ヨダカは正直に告げた。


「自由恋愛なのでは? やはり事件性はないですね。申し訳ないですが私の範疇ではないです」

「……えーと、あの……ど、どうしたらいいと思います……? あの、どうしても誰かに相談したくなってしまって……かといって秘密にしてくれる相談相手が他にいなくて……」


 たしかに変な噂を立てられる可能性の方が高い。

 現時点で立っていないかは知らない。


「ハーレムがお好みならそのままでよろしいのでは?」

「このまま数が増えていくかと思うと、その、体力がもちませんで……」


 もう充分多い、と突っ込むのは内心だけにしておいたが。多いよ。多い。

 少し思案したあと、


「いささか簡単な助言で申し訳ないのですが……全身を捕食すれば個体数は減ります」


 スーノははっとした顔をした。

「あら」

 と呟き、まったくいまそのことに気付いた様子で、


「そ、そうよね、記憶は保持されるのだし、肉体の数が減るのなら、それは……」


 男たちの方を、窺うように振り向くと、順に顔を眺めていった。

 彼らはなんだか妖精のようにゆらゆらとして、不服の声をあげるでもない。


「まあ、そちらの方が顔見知りを食べられるのでしたら」




 後日街で出会ったときには、彼女たちは男女ふたりきりで、いかにも円満カップルという様子で腕を組んで歩いていた。

 こちらにまで熱が伝わってくる雰囲気に、彼に蓄積した記憶が食欲をそそるなにかを発している、というのもわかるような気がした。


「減りましたね」

「それがね、探偵さん……」



「全身を余さず捕食される記憶、というのがまた甘美らしくて、それを知ったらあっというまに」



 やはり事件性はないのだ。ただの恋愛行動である。

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