掌編小説・『オリンピック』

夢美瑠瑠

掌編小説・『オリンピック』

(これは2019年6月24日の「オリンピックデー」に、アメブロに投稿したものです)                     



              掌編小説・『オリンピック』


 おれはこの前のリオ五輪の、平泳ぎの競泳の400メートルで、オリンピック新を記録したのだが、世界新で泳ぎ切ったライバルに敗れた。

 来年の東京ではライバルを破って優勝して金メダルを取りたい。

 あわよくば世界記録を更新して、北島康介さんみたいに「チョー気持ちいい」とでも叫んでみたい。

 平泳ぎはテクニックが必要だから、日本人でも強くて、練習量がものをいう。

 で、「チーム「山田」」というのを結成してもらって、(おれの名前は山田飛魚なのだ)徹底した肉体管理と科学的にスケジュールと方法論がデザインされた、猛練習に日々励んできたのだ。

 負けるわけにはいかない。日本全体の期待を背負っていて、しかも一度一敗地に塗れたおれの意地とプライドがかかっているのだ。


・・・ ・・・


「ダーン!」と号砲が鳴って、一斉におれたちはスタートした。

 ライバルのビーグルは、4コース、おれは6コースである。

 懸命に両手を漕ぐ。鍛え上げた肉体の理想的な泳法で進んでいくおれの平泳ぎは、まるで滑空するグライダーのようだ。

 肉体の鍛錬とともに、およそ水の抵抗というものを極端にまで排する、というのがトレーニングの中心テーマだったのだ。

 この日のために慎重に調整してきたので体調も絶好調で、ぐんぐんおれのレーンのピッチは上がっていく。ほうれ見ろ!

 ライバルたちをぶっちぎって、おれは悠々と独走態勢のままゴールした・・・


・・・「ハッ!」。と目覚めると夢だった。「なんだ、夢か・・・」


 連日のイメージトレーニングでこういうイメージを脳に焼き付けているので、こういう夢ばかり見る。しかし必ずしも悪い事ではないだろう。


・・・ ・・・


 そうして、あっという間に一年が経過して、オリンピック開幕まで一週間となった。「さあ、やるぜ!」おれは燃えていた。

「山田さん!」

「はい?」

「お気の毒ですがオリンピックの競泳は中止になりました。」

「ハッハッハ。冗談はよせよ。何のことだい?」

「いえ、それが・・・」


 何ということだ!

 過激派によるバイオテロが起きて、会場のプールというプールが、未知の病原菌に汚染されてしまったのだ!水に入るとたちまち感染して、更に他の人間にも接触感染するようになる。

 未知の病原体なので駆除の方法も当分は不明ということだった。

 プールに入ることはあきらめざるをえなかった・・・

 おれの四年間は何だったんだ・・・


・・・「ハッ!」。しかしこれも心配症で神経質なおれの見た悪夢だった・・・


・・・ ・・・


 結局おれは五輪本番でライバルたちをぶっちぎって世界新をマークして優勝した。

 金メダルにキスして「チョーかっこいいだろう!」と吼えた。

「これも夢じゃないだろうな」と思ってほっぺたを思いきりつねってみたが、今度は大丈夫だった。・・・

 

・・・ ・・・


「何ですか?あの人は。病床でしきりにガッツポーズをしていますが・・・?」

「ああ、あれはオリンピックの代表選手だったんですが、イメージトレーニングというののやりすぎで、精神錯乱みたいに夢と現実の区別がつかなくなって、ずっと自分が優勝する幻を見ているんだそうです。

 かわいそうなことです。国威発揚のためのハードトレーニングの犠牲者ですね」


そう言って、精神科医は「嘆かわしい」というように首を振った・・・




<終>                                         

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編小説・『オリンピック』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ