第2話

 雪奈と別れた優人は、一人白都駅に降り立った。

 県内で一番の繁華街らしく、視界を遮るように背の高いビルがいくつも立ち並んでいた。土曜日なので、左右の歩道は行き交う人々で溢れている。


「やっぱりここは人が多いな。」

 雪奈の買い物に付き合わされ、ここには何度も来たことがあった。

 しかし、一人で来たのは初めてで少し心細い。

 こういう場所では、雪奈は妹ながら中々頼りになる存在だった。新しく出来たお店や入り難そうな小さなお店でも、雪奈は物怖じせず入って行くのだ。優人は何も考えず、雪奈に引っ張られるまま側にいるだけで良かった。



 まずは最初の戦場であるアクセサリーショップに向かう。


「こ、このプレッシャーは・・・。」


 雪奈と一緒なら何とも無かったが、男だけで立ち入るには敷居が高い場所だった。空気を読めと言わんばかりに、見えない壁が立ちはだかっている。

 店内では、カップルや十代の女の子たちが、並べられているアクセサリーを手に取って見ていた。無論、男一人の客は優人だけだ。


「これ可愛い!」

「似合う、似合う。」

「このリングいいよね。」

 あちらこちらから少女たちの明るい声が聞こえてくる。


 その居辛い空間の中で、優人は商品を眺める振りをしながら店内を練り歩いた。


「駄目だったか。」

 場違いな空気に晒されながらも、暫く粘ってみたが戦果は無かった。

 優人は、肩を落としながらアクセサリーショップを後にした。



 ファンシーショップや若い女性向けのファッションビルにも入ったが、いずれも成果を得られず徒労だけが残った。




 かなりの距離を歩いた優人は、休憩しようとカウンター席しかないコーヒーショップに入った。

 雑居ビルの二階にあるその店は、窓側と通路側に椅子が並べられて、中央の衝立を挟んでその両側にも椅子が並んでいた。20人以上入れる店内に、席に着いてるのは5人しかいない。

 優人は、受け取ったカフェオレを持って、誰もいない通路側の一番奥に座った。


「はあ、疲れた。」

 無駄な時間を過ごした優人は、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていた。カウンターに這いつくばり目を閉じた優人の口から、ふわぁと生欠伸が出る。

 その時、隣りの席に人が座る気配があった。


 空いてるのにどうして隣に来るんだろう。

 不思議に思った優人の鼻先に、嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。


 あれ?この匂いって。

 優人は、目を開けて匂いのするほうへ視線を向けた。


 ひいっ!


 思わず顔を背け、先ほどと同じ姿勢で寝たふりをする。

 優人は頭の中がパニックになった。


 雪奈が澄ました表情でスマホを眺めていたのだ。


 優人は短い人生の中で最大の危機的状況にあった。


 どうしてここにいるんだ。

 ま、まさか尾行していたのか?

 いや、普通の妹ならそんなことはしないはず。

 兄の休日の行動など気にも留めないのが一般的な妹だ。

 恐らく他に何か用事があって偶然自分を見かけたのだろう。

 何とか上手く誤魔化す方法は無いものか。

 優人は頭をフル回転させていた。


 そんな優人のスマホから通知音が鳴り響いた。その画面に表示されていたメッセージが・・・。


 無視するな


 隣りに座る雪奈からのものだった。


「き、奇遇ですね、雪奈さん。」

 優人は取り合えず偶然を装うことにした。


 雪奈が立ち上がり、椅子を優人のほうへ向けて側に置いた。

 その椅子に座って勢いよく足を組む。

 スカートの裾が乱れて、太腿の奥が見えそうになる。

 優人の目のやり場に困らないように、雪奈がスカートの裾を直した。


「今まで何してたの?」

 優人に向かって座った雪奈が、カウンターに頬杖を突いた。


「えっと、本屋で参考書を見てたかな。」

 ここは無難な答えを返すべきだ。


「他には?」

「ほ、他?他と言われても。あ、あれです。け、消しゴムを買いに。はい。」

 優人の背中には、滝のような冷や汗が流れ落ちていた。


「へえ~。あたしの誘いを断ってまで、そんなどうでもいいようなものを、わざわざこんなところまで買いにきたんだぁ。」

 雪奈が、ミジンコを見るような目つきで優人に嫌味をぶつけた。


「そ、そうなんですよ。あはは。」

「笑えない。」

 雪奈が組んだ足で優人の足を軽く蹴った。

 膝のすぐ下なので、優人はあまり痛くなかった。


「ゆ、雪奈さんはどうしてこちらに?確か地元の本屋に用があったのでは?」

「見てた。」

「えっ?」

「本屋に行かないで、お兄ちゃんのあとをずっと尾けてた。」

 雪奈は普通の妹では無かった。


「そ、それじゃ、オレの行動はもしかして。」

「全部見てた。一部始終見てたから。」

「あうう。」

 優人の体が縮こまる。


「女の子ばかりがいるところで何してたの?」

「あ、あのね。確かめてました。」

 優人は観念して全てを白状することにした。

 下手に隠すと、この身に危険が生じる。


「何を?」

「オレがモテるかどうか。」

「モテる?今までそんなこと気にしてなかったでしょ。」

「まあそうなんだけど。」

「どうしてモテるかどうか急に気になりだしたの?」

「えっとね、顔が可愛いって言われたから。」

「誰に言われたの?」

「遊園地で秋名に言われた。」

「ああ、そういう事か。」

 雪奈は、ようやく兄の一連の行動の理由を理解した。


 余計な事を。

 頭に浮かんだ秋名の顔を雪奈は睨んだ。


「だからね、オレの顔が本当に可愛いなら、女の子のほうから声をかけて来るかなって試してた。」

「で、誰からも相手にされなかったんだ。」

「あう~。オレも告白されてみたかったのに。」


 ナンパとかするなら夜なのに。

 その辺りに疎い兄のことが、雪奈には微笑ましかった。


「そんなに告白されたいの?」

「うん。雪奈も、お兄ちゃんが告白されるほどいい男なら嬉しいだろ。」

「全然嬉しくないよ、そんなの。」

「みんなに自慢の兄だって紹介できるのに。」

「そんな自慢なんかいらないから。」

「まあ、結局声も掛からなかったから、自慢も何もないんだけど。」

 可愛い顔と言われて浮足立った自分が情けない。

 優人は溜息を吐いた。


「何かすごい残念そうな顔してるね。」

「だって、告白されれば彼女の一つや二つ出来ると思ってたし。」

「え?お兄ちゃん、彼女が欲しいの?」

「そりゃあ、オレだって男だし。」

「いらないでしょ、お兄ちゃんには。」

「ええっ、どうして?」

「分からないのか。う~ん。」

 雪奈が思案気な表情をした。

 組んでいる足をぶらぶらさせている。

 カップの飲み物を一口飲んで、何か思いついたように雪奈の口が開いた。


「じゃあさ、お兄ちゃんの目の前にいる女の子はどんな子?」

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