第23話

「・・・ん。」


 木製のベンチに座っていた優人ゆうとが、薄っすらと眼を開けた。

 いつの間にか、寝てしまったようだ。

 目に映る景色に焦点が合ってくる。

 遠くに、先ほどまでいた赤と黒の配色の建物が見えた。

 足に重さを感じ、視線を下に移すと、雪奈ゆきなが優人の腿を枕にして寝ていた。

 並んで座ったはずなのに、雪奈も眠たかったのだろうか。


「起きた?」


 優人が、左に顔を向けると秋名あきなが座っていた。

 いつからいたのだろう、優人は少し気になった。

「うん、起きた。」

「あそこに行ったんだ。」

 秋名が小さく見えるホラーハウスを指差す。

 膝の上で寝ている雪奈を起こさないためか、声を抑えて話していた。

 小さな声が聞こえるように、秋名が優人の肩に体を寄せてくる。

「え、なんで分かるんだ?」

「だって、ほら。」

 秋名が、下にある優人の左手を見ていた。

 開きかけの手の平には、銀色のキーホルダーが載っている。

 四角いプレートには、HELLS GATE CLEAR、と彫られていた。

「ああ、これか。」

「どうしてあんなとこ行ったの?」

「えっと。」

 優人が言葉に詰まった。

「あそこって、ネットでも有名なんだよ。」

「そうなのか。」

「人形部屋に入ると呪われるんだって。」

「う、うそ。」

「最後まで行けるのは、月に一人いるかどうからしいよ。」

「そんなに怖い所だったのか。」

 あの人形を思い出して、体がぶるっと震えた。

「わたしね、優人がどうしてそんなところに行ったのか分かるよ。」

「分かるのか?」

「兄としての尊厳を取り戻したかったんでしょ。」

「うっ。」

 見事に言い当てられて、取り繕う間が無かった。

「今日の優人は、子どもみたいに怯えていたしね。」

「もう言わないで。」

 絶叫マシーンに乗せられて狼狽えていた自分が恥ずかしかった。

「どうして、そんなに兄の威厳を示したいのかな?」

「そ、それはやっぱり情けない姿だとカッコ悪いし。」

「雪奈に、弟みたいに扱われたくないからでしょ。」

「い、いや。」

「周りから、弟だと思われるのが嫌なんでしょ。」

「・・・。」


 秋名にたたみ掛けるように言われ、優人は押し黙った。

 秋名の言うことに、何も間違いが無かったから言い返せずにいた。

 なぜこうも正確に言い当ててくるんだろう、と優人は不思議に感じた。


「自分よりも大きな妹がいたら、兄にとっては相当なプレッシャーだよね。それが優人のコンプレックスなんでしょ。」


 ああ、それで的確にこちらの胸を突いてくるのか。

「オレのコンプレックスってバレバレなのね。」

「妹の方が大きい兄妹なんてあまりいないからね。そんな兄妹を見たら、兄がコンプレックスを持ってるだろうなって、みんな一目で分かるよ。」

「そ、そうでしたか。」

「だから、それを克服しようと必死に兄として振る舞ってるんだね。」

 秋名が、優しい眼差しで優人を見つめている。

「そうだよ。秋名の言う通り、誰からも兄として見られるように努力している。」

 優人が心の内をさらけ出した。


「ふふ。」

 秋名が悪戯っぽい表情で微笑んだ。


「オレの言ったこと、可笑しいかな?」

「知らないの?」

「何が?」

「優人の顔は可愛いんだよ。」

「は?」

「だから、優人の顔が可愛いから、どんなに努力しても兄とは思われないってこと。」

「ええっ。」

「それに、優人がいくら背が伸びたって無駄なのよ。」

「無駄って?」

「雪奈の方が大人びてるから、二人が並んでも弟にしか見えないの。」

「そうだったのか。」

「優人の顔が老けてたら良かったのにね。」

「それはそれでちょっと。」

「だからさ、優人の今までの努力は全て無駄だったんだよ。」

「そ、そんなはっきり言わなくても。」

 優人はがっくりと肩を落とした。


「ふふ。でも、自分の顔が可愛いって分かって良かったじゃない。」

「オレの顔ってそんなに可愛いのか?」

「誰にも言われたことないの?」

「男どもは何も言わないな。」

「男同士でそんなこと言わないでしょ。女の子には?」

「最近まで女子とはあまり喋ったことないな。」

「奥手なんだね、優人は。」

「普通じゃないかな。」

「雪奈は何て?」

「可愛いとは言われないな。」

「ふーん。」

 秋名が思案気な表情になった。


「ま、いいか。それよりも、優人の頬っぺたを触らせて。」

「いいけど。」

 優人が寝ている雪奈をちらっと見た。

「少しだけだから大丈夫。」

 秋名が右手で頬に触れた。親指でその感触を確かめている。

「やわらかいね。」

「そうか?」

 しばらく感触を楽しんで頬から手を放した。


「ねえ。」


 秋名がベンチに右手をついて、体をさらに優人のほうへ寄せてきた。

 優人の肩に秋名の頬が触れている。


「わたしの下の名前知りたい?」

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