第22話

 さて、最後のエリアだ。


 ここまで驚くことは何回かあったが、誓約書にサインするほどのものではなかった。

 オレって、結構やるのかも。

 楽勝じゃんじゃん。

 ウキウキ気分でスウィングドアを押して中に入る。


「こ、これはシャレにならんぞ。」


 洞窟に足を踏み入れた時のような、冷気が襲ってくる感覚。

 体感温度が一気に下がった感じがする。

 かなり奥行きのある座敷に、人形が数百体は並んでいた。

 壁に棚が何段も備え付けられていて、そこにびっしりと人形が並べられている。

 明らかに髪が長すぎるもの。

 首がないもの。

 手足が片方ないもの。

 どれも普通じゃない人形ばかりだった。


「絶対何人か呪い殺されてる・・・。」


 あまりの寒気に体の震えが止まらない。

 今までのエリアと違って、静まり返っているのも恐怖を増幅させている。

 気のせいか、キーンと耳鳴りがする。

 天井を見ると、血で書かれたようなお札が何十枚も貼られていた。

 ぶら下がっている傘の付いた裸電球が風も無いのに揺れている。

 今すぐに部屋を出たい気分になった。


「いやあああああああああああああああ。」


 いきなり首筋を舐められた。

 心臓が止まるかと思った。

 落ち着いて雪奈に目をやると、ちろちろと首筋を舐めていた。


「ゆ、雪奈さん。お兄ちゃんの心臓に悪いからもうやめて。」

「やだ。」

「お願いだから言うことを聞いて。」

「もっと舐める。」


 雪奈が、鼻息を荒くしながら首を舐め続けている。

 それよりも、この部屋には出口が見当たらない。

 辺り一面の壁には、人形が並んでいるだけで扉が無かった。

 こんなところから一刻も早く出たいのに。

 一歩も動きたくなかったが、恐る恐る右側の壁に近寄って行く。

 並んでいる人形が、じっとこちらを見ている気がした。

 目を合わせないようにして棚の側まで近付いた。

 よく見ると、木製の棚に矢印が彫ってあった。

 何だろうと彫られた矢印に触れてみる。

 人形が落ちてきた。


「いっやああああああああああああああああああああああああ。」


 怖い怖い。

 もうだめ。

 いやだ。

 死にそう。

 帰りたい。

 退場したいけど、今引き返すと人形に襲われる気がする。

 と、取り合えず落ち着こう。

 深呼吸が大事だな。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

 それを何回か繰り返す。

 ついでに、2、4、6、8、10と素数も数えた。

 その間にも、雪奈が首や耳の後ろを盛んに舐めている。

 もう一度矢印を見る。

 どうやら出口へのヒントらしい。

 矢印の向いてる方向にゆっくり移動する。

 所々に、同じような矢印が彫ってあった。

 どんどん進んで行く。

 部屋の空気に慣れてきたのか、恐怖心が薄くなっていた。

 矢印ではなく、文字が彫られている箇所があった。


 回せば出口が開かれる。


 その文字が彫られた棚には、30体の人形が並んでいた。


「しょ、正気か?この人形たちを触れだと。」


 眩暈がしそうだった。

 この人形のどれかが鍵になっていて、回さないと出口に行けないのか。

 誰が考えたんだこんな悪趣味なこと。

 見てるだけでやばいのに、触れとは。

 だが、ここまで来たのだから仕方がない。


「ちょっと触りますね。」


 一番左の人形を回してみる。

 人形の体は、棒のようなもので固定されていて、思ったよりもスムーズに回転した。

 次の人形を見る。

 うっ。


「こ、こんな人形をどこで手に入れたんだ。」


 見つめた先には、顔が半分焼け爛れて、焦げた服を着せられた人形があった。

 片足がもげていた。

 こ、怖すぎる。


「あっ、い、痛い。雪奈さん、噛まないで。」


 雪奈が左の耳たぶを噛んでいた。

 注意すると優しく噛んできた。

 取り合えず、焼け爛れた人形を動かしてみる。

 ギイッと嫌な音がした。

 何の反応も無かった。

 ふう。


「ひいっ!」


 次の人形を見て思わず悲鳴を上げてしまった。

 両目が無い人形だった。

 眼窩がぽっかりと開いていて真っ黒だ。

 黒い穴が超怖い。

 何だか魂が吸い込まれそうだった。

 こ、これは、絶対やばい。

 触ったら絶対に呪われる。


「あはははははは。」


 雪奈に脇を揉まれた。

 雪奈が、はあはあと荒い息づかいで、首筋を舐めまわしながら脇や胸を揉んでくる。

 くすぐったくて身を捩った。

 ふう。

 お陰で少し気が楽になった。

 仕方がないので覚悟を決める。


「絶対呪わないでね。これは仕方がないの。お兄ちゃんを許してね。」


 意を決して両目が無い人形を回した。

 その拍子に首が転げ落ちた。


「うっわあああああああああああああああああああああああああああ。」


 あかん。

 これはあかん。

 もう死ぬ。

 絶対死ぬ。

 こんなの生きて帰れない。

 もう絶対ここから出られない。

 死ぬ死ぬオレはきっと死ぬ。

 落ちた首が、目が無いのにこっちを見てる。

 もうあかん。


「お兄ちゃん。あたしもう我慢できない。」

「お、お兄ちゃんも我慢出来なくてちびりそうだ。」


 もう、ヤケクソだ。

 こんなちびちびとやるから駄目なんだ。

 男なら一気に行くぞ。

 目を閉じて、並んでいる人形を片っ端から回していく。

 人形の体の一部が取れて床の上に落ちているのか、ぼとっ、ぼとっ、という音がする。

 無視だ無視。

 とにかく回す。

 左のほうで、ガタンと大きな音がした。

 見ると壁が回転して半開きになっていた。

 明るい光が差し込んでいる。


「やったああああああああああああああああああ。」


 歩こうとしない雪奈を半分背負いながら開いた出口から外に出た。

 おめでとうございます、と書かれた垂れ幕が天井に吊るしてあった。

 やった。

 やったよ、オレ。

 とうとう偉業を成し遂げたんだ。


「雪奈。ほら雪奈。出口まできたぞ。」

「やだやだ。もっとする。」


 くっ。

 この妹は兄の苦労も知らないで。

 手を後ろに回して、雪奈の脇腹を容赦なくくすぐった。


「あははははは。やめ、やめて。お兄ちゃんやめて。」


 雪奈が暴れて体から離れた。


「もう、お兄ちゃん。くすぐらないで。」

「雪奈がいつまでも甘えるからだ。」

「だって、いい気持ちなんだもん。」

「お兄ちゃんの苦労も分かってくれ。」

「あれ?お兄ちゃん、手に何を持ってるの?」

「うん?」


 手に、首が取れた人形の髪が大量に絡みついていた。


「いっやあああああああああああああああああああああああああああ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る