第10話
中間テストまで一週間を切り、優人は早々と自宅に帰って、机に向かっていた。
授業中に黒板を見て記載したノートと、教科書を照らし合わせながら勉強していると、窓の外から雷の落ちる音が響いた。
「夕立かな?」
優人がカーテンを開けて、二階の窓から外を見ると、雨がパラパラと降ってきている。
アスファルトが、雨粒で濃い色になりつつあった。
カーテンを閉じ、再び勉強を始めた。
雨が本降りになってきたのか、雨粒が窓を激しく叩き始めた。
それから5分ぐらい過ぎた頃にスマホから呼び出し音が鳴った。雪奈からだった。
「お兄ちゃん、雨がひどいから迎えにきて。」
「分かった。今どこにいる?」
「駅から家の途中の小さな公園。」
「すぐ行くから待ってろ。」
「うん。」
優人は急いで一階に降り、玄関にある傘立てから、傘を二本抜く。
玄関の扉を開けると、横風とでかい雨粒が、あっという間に着ている服を濡らした。
意に介さず、傘を開いて走り出した。
雪奈の元へ急ぐ。
家の玄関の扉を開けて、雪奈、優人の順で家に入った。
優人も濡れているが、雪奈は頭からつま先まで、全身ずぶ濡れだった。
優人が急いで洗面所に行き、バスタオルを持って玄関に戻ってくる。
雪奈の頭や顔をバスタオルで拭いてやる。
雪奈がくしゃみをした。
体が雨で濡れた上に、あの横風でかなり体温が下がっているようだ。
「雪奈、風呂を沸かしてくるから、タオルで拭いてて。」
「うう、何だか寒い。」
浴室へ行き、浴槽の栓を閉じボタンを押してお湯を出す。
次に、電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かせる。
雪奈は、まだ玄関にいて、濡れて足に張り付いた靴下と格闘していた。優人が跪いて脱がせてやる。
制服も脱がせてやりたいが、妹の下着を見ることは出来ない。
雪奈に洗面所で着替えるよう指示した。
「お兄ちゃん、脱ぎにくいから手伝ってよ。」
洗面所の扉を開けたまま服を脱いでいるのか、雪奈の声がリビングにいる優人の耳によく届いた。
「ごめん。無理だから、頑張れー。」
「うう。じゃ、あたしの部屋から着替えを持ってきて、お兄ちゃん。」
「すまないが、それも無理だから。」
「鬼。薄情者。浮気者。」
「うんうん。全部オレのことだな。」
優人は寛容だった。
「うそだから。いっしょにお風呂入ろうよう、お兄ちゃん。」
「絶対無理だから。お湯は熱めで入るんだぞ。」
「妹がかわいくないのか。」
「そんな妹のために、風呂上りに温かい飲み物を用意しておくからな。」
「けちけち、お兄ちゃんのけちんぼ。」
雪奈は、体が弱っているせいか甘えん坊になっている。
浴室の扉を開ける音が聞こえた。
ようやく静かになりそうだ、と優人は一息吐いた。
翌日、優人がダイニングテーブルに並べられている朝食を食べていると、パジャマ姿の雪奈が二階から降りてきた。
「お母さん、体がだるい。」
「どうしたの、雪奈。」
近くにいた母が、雪奈の額に手を当てる。
「熱があるわね。優人、雪奈の体温を測って。」
そう言って、二階に上がって行った。
優人は、リビングにあるチェストの一番上の引き出しから、体温計を取り出した。
「雪奈、こっちきて座って。」
雪奈をソファに座らせた。体温計を手渡し、脇に入れさせる。
母が、雪奈のカーディガンとショート丈のダッフルコートを持ってきた。
体温計から電子音が聞こえた。母が、雪奈の胸元に手を入れ、体温計を取り出す。
「37.9度もあるわ。結構高いわね。」
母が、持ってきたカーディガンとコートを着せている。
その間に、優人は残りの朝食を素早く食べて、歯を磨いた。
「えっと、学校に電話とお医者さんの予約しなくちゃね。」
母が忙しなく動いている間に、優人はテーブルにある料理を皿ごとラップに包み冷蔵庫に入れた。
学校への電話が終わり、母は診療所に予約を入れている。
優人は、すべての準備が終わったので雪奈の隣に座る。
座った途端に雪奈の体が傾れ掛かってきた。
優人が、雪奈を膝枕する形になった。
雪奈は、優人の右腕をガッチリ脇に挟んで、ぎゅっと右手を握っている。
優人が空いている左手で、雪奈の頭を優しく撫でていた。
「三番目の予約が取れたわ。この時期だと、やっぱり患者さんが少ないわね。」
右手を離さない雪奈を見て、優人が母に声をかける。
「母さん、オレも学校を休んでいいかな?」
「何言ってるの。駄目よ。雪奈もあなたが学校を休むと悲しむわよ。」
「いっちゃやだ。」
母と娘の意見が割れている。
「えっと。」
どうしたらいいか分からず、優人が困った表情になった。
「雪奈。わがままを言わないの。」
そう言って、母が優人の右手を雪奈から外そうとするが、ぎゅっと握って拒否している。
「もうっ。雪奈っ。」
雪奈の脇に手を入れ母がくすぐる。
「あはは、やだ、お母さん、やめて。」
余程くすぐったいのか、母の手から逃げようと暴れた。その隙に、優人がすっと立ち上がり、雪奈から離れた。
「さっ、早く早く。」
母が、優人の背中を玄関まで強く押し出した。
優人が靴を履いている間、お兄ちゃーん、お兄ちゃーん、と優人を呼ぶ声が途切れない。
「行ってらっしゃい。優人は何も気にしなくていいからね。」
「そ、それじゃ、行ってきます。」
優人は、これほど後ろ髪を引かれる思いで、学校に行くのは初めてだった。
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