第7話

 体育の授業が終わって、男子生徒達が怠そうに歩いている。

 その中に優人とつるんでいる三人がいた。


「ったく、飯食ってすぐに走らせんなよ。」

 秋川あきがわが文句を言った。


「ずっとランニングなんて鬼畜の所業ですな。とても、人のすることとは思えない。」

 下谷しもたにも恨み節を垂れ流す。


「俺は今ダイエットしてるから丁度良かった。」

 丸山まるやまだけは笑顔だった。


「お前、今何キロ?」

「ようやく75を切った。」

「マジか?すげえな。もう5キロ以上減ったのかよ。」

「女の子のために、そこまで。愛の為せる業ですな。」

「そういや、雨宮はどこ行った?」

「委員長に連れて行かれましたね。」

「また何かの手伝いじゃないの?」

「知らんうちに、雨宮は委員長の奴隷になってるな。」

 秋川が、どこに連れて行かれたんだと、周りを見渡す。


「お、一年だ。」

 渡り廊下を授業の移動のためか大勢が歩いている。

 男子達はだらだらと、その後ろに女子達が話しながら歩いていた。


「妹ちゃんがいるぞ。」

「妹さんがいますね。」

「あ、目が合った。」

 周りの生徒と話していた雪奈が、校庭側にいた生徒に話しかけたときに三人に気付いた。

 雪奈が笑顔で三人に会釈した。周りにいた生徒達が一斉に、雪奈が顔を向けたほうに目を向ける。


「どうもー。」

「こんにちは。」

「こんにちは。」

 三人とも、声が聞こえない距離にいるのに、頭を僅かに下げながら挨拶を口にした。

 雪奈は顔を戻し、女子生徒たちと再び談笑している。


「はあ、やっぱすげえわ。」

「何というか、周りと輝きが違いますな。」

「すごい目立ってた。」


「マジで可愛いな。レベルが違うわ。」

「私の推しと比べても、何の遜色もありませんな。」

「首を傾けたときに、髪がふわっと広がって綺麗だった。」


「体育館に女子全員が放り込まれても、オレは一瞬で妹ちゃんを見つけられるぜ。」

「背が高いし、背筋がピンと張って姿勢が良いのも目立つ要因かも。スタイルもいいですし。」

「俺、この間さ。廊下で妹さんとすれ違ったんだよ。」

 丸山がいきなり自分語りを始めた。


「妹さんは、女子三人と一緒に歩いてて、俺はその時一人でいたんだけど、そのせいか、俺が先に妹さんに気付いたんだよ。会釈しよう思ったんだけど、俺ってほら、太っているからさ、女子達にでぶとか陰口言われて嫌われてるだろ。だからさ、妹さんの友達にさ、こんなやつと知り合いなんて思われると、妹さんに迷惑かなと考えちゃって、すれ違う間は目を背けていようと決めたんだ。そしたらさ、妹さんがこっちに気付いたのか、先輩こんにちは、って何の躊躇もなく言ってきたんだ。俺が驚いて、妹さんを見たら、ちょこんと頭を下げて微笑んでた。周りにいた女子達が、何、誰、どんな関係って言ってて、そうしたら、妹さんがさ、お兄ちゃんの友達の丸山さん、いい人だよ、って。俺は無視しようとしていたのに、いい人、だって。俺、思わず涙が出てきちゃって、急いで走って誰もいないところで泣いたよ。」


 丸山の長い話を聞いていた二人の男が涙ぐんでいた。


「うおおおおおおおおおおお。丸山あああああああ。分かる分かるぞ、それ。ぜってえ泣けるわそれ。あと、もうお前のことをでぶって言わねえ。くっそ、なんていいやつなんだ妹ちゃん。」

「うう、無視してるにわざわざ声をかけて、いい人って、ほんと優しい人ですね。」

「あ、俺もまた思い出して泣けてきちゃった。」


 次の授業開始を知らせるチャイムが鳴っていたが、三人はまだその場で感傷に浸っていた。


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