七幕 世怪はあなた様のためにじゃない 4

 ポップコーンの香りがした。ほんと奇妙に、怖いことに、だ。進む先から香ばしく、バター、キャラメル味を混同させたポップコーンの香りがしてきて、護は怖くなった。矛盾をすでに起こした感覚なものだから、臭覚もおかしくなったのかと疑いだす。

「ポップコーンの匂いが、する」

 闇に染められた家具店並ぶ通り、懐中電灯で照らす先を護は集中して見つめ、怖さ、疑りを気にせずにいようとするのを、許さなかったのはアルマであった。これを発端として、護の後ろについてくる四人、次々から「ポップコーンの匂いがする」との主張が起こりだす。服の背を掴む紫雨が足をとめたことで、歩みを止めさせられる。

「なんでポップコーンの匂いがするのだろう」表情に不穏な影を差したアルマが、匂いを嗅ぎ確認するかのように鼻を吸い鳴らす。「この先から、匂いがしてくる感じ」

「あの。そろそろ、映画館に辿りつくはずですよね。これ以上、先にいくのが不安です」

 角井が頼り、縋るような目を高佐に向け訴えかける。高佐は角井へ、進む先へ目を向けていなかった。護の視覚の限りでは、高佐の目は後ろを警戒して、気にしている動きを繰り返している。まるでまた後ろで誰かがついてきている気配でも感じているように。

「あの。高佐さん」

 角井に呼びかけられ、高佐が自分に呼びかけられていたと気がついた風で遅れて応じる。

「……ああ。そろそろ、映画館のはずだ。うん。ポップコーンの香りがしてきて、先に進むのが何だか不安ではあるね」いって、高佐が後ろを気にするように黒目を動かす。「だけど、俺は引き返すのが不安だ。後ろから誰かがついてきている気がしてならないから」

 やはり、といった感じが護はした。高佐の声でもっての明示も予想はできていて、驚きはしない。他の三人が怯え、狼狽えだすが、護にも不思議なほどに怯え、狼狽えることはない。不穏な予感はしてならないが。

「こうして立ち止まっていることに、俺は不安になりますね。先に進みましょう」

 護は四人に先へ進むことを促すと、四人からすんなりと受け入れられた。また先へと進みだす。先へ進むごとにポップコーンの匂いは強くなってゆき、角井の怯え泣きあがる頻度があがっていき、護は苛々してくる。

「苛々する」

 護は苛々を声にしてだしてみても、苛々は軽減しない。右手に最新の映画広告のポスターが飾られる壁が始まりだし、苛々は着実に加速してあがっていき、二歩進めば、勝手に苛々が声にでてくる。

「護さん。大丈夫ですか?」

 紫雨が心配そうに声をかけてきたが、護は他者のために苛々を抑えようなんて心はおきぬ。心配されたことにも、苛々してくる。

「久々だね。こんなに苛々するのはさ。まさかこの調査で、俺がここまで苛々するだなんて思いもしなかった」

「そ、そうなのですか。あの、怖くはないのですか?」

 紫雨が機嫌を伺う口ぶり、声を小さくさせ尋ねる。護は正直に頷いた。

「護さんって頼もしいです」

「頼もしくない。苛々が怖さに勝っているのじゃないかな。先ほどは俺が優しいで、今度は頼もしいか。勝手に俺について想像を膨らまし、あまり俺のことを誤解しないでほしいな」

 愛らしい、好意を寄せての発言には聞こえてはいた。けれどその発言でさらに苛々し、これは不本意で護は棘を付けいい放った。紫雨から黙られ、掴まれていた背の服を解かれた。

(……好きでこうなった訳じゃない。)

 護は自分を憎たらしく思う。紫雨から離れて、ひとりになりたくなる。先を睨み、闊歩しだす。

「遠野さん。急に早く歩かないで。用心しなくちゃいけないのに」

 アルマから不服そうな声をあげられ、また不本意で護は舌打ちがでた。

「護君。アルマさんのいう通りだよ。舌打ちをいい加減にやめなさい」

 背中から追撃、耳で聞き馴染んでいる叱咤が。また、高佐だ、とうんざりする。

「この今に苛々しませんかね? 良くないとは思うものの、舌打ちでてしまうそんな今。俺はごくごく普通の感覚をしていると思いますけど」

「あのね、護君」

 まで、護は高佐の発言をしっかりと聞いた。うんざりだった。耳障りからして反論してくるって感じ、さらに歩みを速めだせば、背中にやはりな反論がきて、聞かないように努める。

 四人を置いていくように、護は先へ突き進む。ポップコーンの匂い、強まっていく。鼻がおかしくなったのではない、と疑いようがなくなってくる。右の壁に「たまむし映画館までもうすぐそこです」との案内板が設置されているのが目に入り、その映画館から匂いが生じていると想像させられ、緊張が押し寄せ、懐中電灯を握る手が汗ばんでくる。

「うんざりだ。何もかもうんざりする。……このポップコーンの匂いにも」


 続

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