七幕 世怪はあなた様のためにじゃない 3
「誰かついてきているのか?」
高佐が怒鳴るようにして尋ねた。ゆく先に月光の恩恵なく
護は戸惑う。分かりつつも足をとめ、顔を振り向けば、やはりであった。展望広場あるほうへ懐中電灯を向け、身構え佇む高佐の背が見えた。紫雨から身を寄せられ、その身から起こる震えが伝わってくる。
「いる」紫雨が展望広場のほう、恐怖宿す目をやり小声こぼす。護の腕を痛いくらいに掴み、「――いる」
「いるのだろう? 隠れていないで出てこいっ。ついてきているのは、分かっている」
高佐が怒鳴っての、一拍ほどの静けさ後、確かに向く先で見えない誰かの数歩、歩みの小さな音がした。耳からの伝達ではその者が退いたのか、進んだのかまで、護には理解できない。と、角井が悲鳴をあげ、両手を頭上で踊らせる。
「なんかいるっ。助けて」角井が護のいるほうへ走りだそうとし、アルマに立ち塞がれる。頭を両手で抱え、泣きだす。「ほんとに勘弁してほしい」
「静かに、なさい」
アルマが注意すれば、角井はさらに声をあげて泣きだす。
「静かにしろっ」
角井にじれったくなり、護は吼えてやる。続けて見えない誰かいるほうにじれったくなり、ハンマーを高らか上げ構える。
「出てこいっていうのが聞こえないのか?」
「護さん」
紫雨から呼ばれる。掴まれる腕を後ろへ引かれ、護は見やる。顎震え、ひどく怯えた青い顔が耳元へ近づく。
――呼んではいけません。裏エントランスで見た同じ女のひとがいる。高佐さんのほうへ微笑んでいて、なんかすごく嫌な予感がする。
奇怪としか思えないことが囁かれ、護は戸惑う。傍にある青い顔を見つめ、囁かれたことを疑うも、真剣な両眼が「本当だから」と訴えるよう頷いてくる。なんと言葉にしたらいいのか、行動に出たらいいのか、分からなくなる。身体が勝手に動き、手にするハンマーを下げた。
本当だから、と訴え続けてくる眼に護は囚われる。暫しして、高佐からの呼びかけによって、はっと目が覚め、解放された。
「先へ進もう。逃げたのかもしれない」
高佐から促され、護は頷く。胸の真ん中で違和感がし、不穏な予感がした。前方を警戒しながら進む。そして、後ろが気になりだす。
(……ついてきているのか?)
迷子センターの入り口が、その奥にある壁に飾られる遺影に似たおさげ髪の女の写真が――瞳の背後で、護は靄がかって浮かび見る。あの入り口をおさげ髪の女が潜り抜け、護たちを追跡し、今も、高佐の後ろから足音を殺して追跡している。
何でこんな、と、護は自分自身に戸惑う。
ついてきている者の正体が、まるでこれであると教えてくるか。おかめっぐ君の悪霊になりすます、複数のおかしな人間たちがついてきていると想像するのではないのか。
真後ろで鼻を啜る音が聞こえ、護は顔を後ろへやる。音源は紫雨で間違いない。内にある恐怖を示すように護の服の背をしっかり握りしめ、泣きべそをかく少女がいると見える。――きっと、この子によって思考へ影響が出ているのだろう。
「大丈夫か?」
どうしてなのか分からないが、妙に周囲の耳が気になって、護は小さな声で紫雨を案じてやる。紫雨から怯え涙覆う瞳を向けられる。瞬かれ、微笑まれる。
「……分かっていたけど、護さんはやっぱり心配してくれた」紫雨が恥ずかしそうに視線を床のほうへ落として、ぼそぼそと小さな声でいう。「わたしね、護さんが優しい人って分かっていますから」
すぐ、恥ずかしさが沸き起こって、一気に縮まった。そんな胸の心地が、護は感じた。
「君は誤解をしている」
護は紫雨に顔を背けた。
続
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