六幕 うぐいす怪答しますね! 6

「畜生っ。この屑。この鬼畜どもが」

 高佐が暴言炸裂したのを発端に、豹変する。――もう鬼だ。髪を掻き乱してから、暴言を向けた相手を探して、迷子センターを荒らしだす。遊具を蹴り倒し、投げ飛ばし、破壊する。

 暴れだした高佐に、護は驚かされた。だけど、暴れ始めだけだ。止めなければ、とは微塵にも思わない。

「隠れていないででてこい。全員まとめてでてこい。全員まとめて相手にしてやる」

 護は吼えて、高佐に加わって迷子センターを探りだす。勝手に身体が動いて、ハンマーを近くにあるものへ振るい壊す。受付のデスクを押し倒して、糸が切れて、自分でも何をいっているのか分からないくらいに暴言を喚く。高佐が発したよりも酷い暴言だとは後で思う。

 迷子センターがそこら中荒れ果てて、護と高佐は暴走をとめた。誰かが隠れる場所は一見して破壊つくされている。いくら探しても、ここには誰も見つからないと察したのだろう。

「そろそろ十分経ちそうだ。みんなのところへ行こう」と、高佐は乱れた髪を手で整えながら、促してきた。「みんなのことが心配だ」

 護は乱れる呼吸を整えて、頷く。

 護と高佐が迷子センターの跡地を離れようとする。後ろで物が落ちたような小さな音が聞こえ、護は素早く振り返る。

「今、物音がしましたよね?」

 護が聞くと、高佐は頷く。二人で荒廃した跡地を照らしても、何の物音なのかを理解できない。――壊れたものが崩れた音か、と護は考え、前を向きなおした。

 迷子センターを後にすれば、迷子センターから懐中電灯で照らせばいると分かるほどの距離で紫雨たちを見つける。三人ともじっとして、こちらを凝視していた。紫雨とアルマは身を寄せ合って抱き締めあって、一方、彼女たちからやや距離を置いたところで角井は胸前に両手で何かを握り締めて。

「な、何があったのですか? すごい怒鳴り声に、物音がして、その」

 角井は語尾に舌を絡ませて、閉口する。護は彼の傍まで来て、手にあるのが携帯電話と気が付く。

「お前、警察に通報したのか?」

 護は角井に訊いた。角井は少し護を見据えてから、躊躇う感じに頷く。

「もちろん通報しましたよ。当然のことをしました。あんな怖い声が聞こえたら、ただ事じゃないって思います。だけど、ここは圏外で通じませんでした」

「圏外?」

「はい。この八定山の電波は悪いのです。警備員室でも携帯電話の電波状況はいつだってよくないし」

 護は自分の携帯電話を取り出し、確認する。携帯電話は圏外になっていた。

「それで、一体、何があったのです?」角井は護と高佐を警戒する目を向け、少し後ずさる。護たちが誰かに何か良からぬことをしたとでも疑っている風で、「……二人で、何をしたのですか?」

「ケント君が殺された。ここに潜む、頭のおかしな連中によって」

 高佐が煙草を吹かしてから、ゆっくり、落ち着いた口調で告げた。角井に対して、目が座っている。それから、迷子センターで何があったのかを包み隠さずに教えた。

「ほ、本当にあの彼は殺されたのですか?」

 角井は狼狽える。高佐は立てた親指を迷子センターのほうへやる。

「信じられないなら、見てくればいい。惨たらしく殺され、はずかしめを受けた哀れな遺体を」

 護は角井から戸惑いの目を向けられ、「嘘じゃない」と教える。忽ちに、角井が顔の色を悪くさせるのが見て取れた。

「ここを出て、警察へ通報しに行きましょう」

 角井が落ち着きなく手を動かしながら、周囲へ目を配らせ提案する。その提案に、護は馬鹿らしく思い、閉口する。誰も角井へ言葉をやらない。角井がモールを出るのを促し、護以外の者たちは従うかのように動きだす。

(ほんと馬鹿らしい……)

「ひとりでは危ないです」との紫雨から促しで、護は仕方なしに角井たちの後ろからついていく。太陽広場からおふじ通りを通って、メインエントランスへ向かった。

「あれ。扉が回らないぞ」

 ――ああ。ほんと馬鹿らしい。

 メインエントランスに着いて、護はもう馬鹿らしくて困った。困るほどに、驚いた顔をした角井が回転扉を繰り返しに手で押し、声をあげる。

「馬鹿らしい。やつらから閉じ込められると少しも思わなかったのか?」

 護は角井に冷ややかに尋ねた。角井は頭を抱えて、怯えた声で「どうしよう。どうしよう」と連呼しだす。

 馬鹿らしいと思いつつも、護は試しに回転扉を手にかけ、力を込めて押してみる。ぴくりとも動かない。後ろから「俺も力を貸そう」と高佐が落ち着いた様子で述べ、回転扉を共に押し、また体当たりする。回転扉はただ護たちを撥ね返してくるだけ。

「わたしたちは」と、紫雨が声をあげて、そして小さくさせ、「ここにいる悪霊たちによって閉じ込められちゃったのですかね」

 これまた馬鹿らしい、護は失笑する。「馬鹿らしい」の乱用オンパレードだ。回転扉を眺め、回転軸の上部に小型の機械を発見する。その機械から小さな赤い光を放っていて、また失笑を引き起こす。赤い光のほうへ、人差し指の先でつつき示した。

「扉に鍵が掛けられている。やつらが施錠したな」

「なら、扉をみんなで壊して、ここから出ましょう」

「絶対に壊せない」

 即座、角井の意見を否定したのは、アルマだった。彼女はやや俯き、角井に冷ややかな口ぶりで続けた。

「おじいちゃんが設計した扉が壊れるわけない。おじいちゃんが設計する扉は、そこらの扉とは違うの。一度鍵をかけたら、鍵が解かれるまで絶対に開けれない。銀行強盗集団が押し壊そうとしても、壊せないように設計してあるの」

「まさか。そんなこと」

 いってから、角井は口をぱくつかせて、続けない。――有るわけない、と否定したいのだろう、と護は察する。当人はまな板に置かれた死にゆく魚みたいに、ぱくつかせるだけぱくついてから口を静かに閉ざした。

「しかし、試してみる価値は有りだ」

 何かが床に引き摺られる音と混じって、高佐がいった。護が音のほうを見れば、高佐が金属製の長ベンチを片手で掴み、回転扉に向かって引き摺ってくる。聴覚と視覚に、重さあると伝わってくるベンチ。回転扉の前へ来て、それを両手で軽々と頭上まで持ちあげた。

「何が廃墟だっ」

 高佐が吼え、ベンチを回転扉に目掛けてぶん投げた。


 続

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