六幕 うぐいす怪答しますね! 5

「稚恵は……俺の妹はここにいる連中に巡り合い、事件に巻き込まれた。そいつらからの呼び出し、受けてたつしかない。そいつらの面を拝んでやらないといけない」

 ひのき通りの真ん中で、太陽広場がある方角に向かって、今この瞬間、高佐が警棒を手に宣言した。時は午前一時二分を刻む。彼の瞳が燃えていた。揺るぎない決意に、怒りで揺れ燃えている、と護は受け取った。

「迷子センターへ行く以外の選択肢はない」

 受け取ったものを、護は返さずにはいられなかった。ハンマーを構え持つ手に力が入る。高佐と目が合い、頷きあう。

「あの。警察に通報しましょうよ」

 決意を憚ってきたのは、角井であった。突然と近くから誰かが出現するのではと恐れているのか、懐中電灯を落ち着きなく、前後左右に動かしている。

「部外者のあんたにはわたしたちの気持ちが分かりませんでしょうね。あんたは自分の家族を奪われていないのですから。できることなら、速いとこ、ここから幕引きをしていただきたいです」

 高佐が角井を見下す目つきで、ゆっくりと述べた。自分のやりたかった役を高佐から奪われた感じがして、護は悔しくなりつつ、高佐に加担して、角井を睨む。

「俺たちの邪魔をするな。警察に通報したいなら、今やれ。俺の前でな」

 角井は閉口し、首を竦ませる。

(いくじなしめ……)

 護は舌をうってから、高佐へ手招き、太陽広場へ向かって歩きだす。

「あんたは女性二人を守れ。警備員をやっているなら、二人を守りながら、このモールから出るくらいのことをしろ」

 高佐が角井に命じてから、護と肩を並べて歩きだす。「そんなの無理ですよ」と角井が惨めな声をあげ、追ってくる。「置いていかないで」と、女性二人が声を合わせて、護と高佐のすぐ背後にくる。足手まといが三人もついてきた、としか思えない状態になり、護は苛々してきて、右の眉辺りが痙攣しだす。

 ――この痙攣、暴言連発一歩手前のサインだ。

「護さん。わたし、護さんの傍がいい」

 可愛い子が一歩手前にやってきて、視界に入る。背中の服を掴み、右ひじを母性に満たされた柔らかな膨らみの中へ埋める。護でも驚いてしまうほどに、苛々がすっと穏やかな波のように引いた。

「迷子センターの中まではついてくるな」

 護は紫雨から目を逸らし、怒っていると思われたくて、わざと怒った感じでいった。そう、彼女のためにもそのほうがいい。

「わたしを危険に遭わせたくないからですか?」

 ああ。そうだよ、だなんていってやるものか、と護は唇を堅く閉めた。ただ前を向いて、突き進んでいく。

 会話なく護たちは前進していき、ひのき通りを何事もなく越え、太陽広場へ戻ってきた。この広場へ呼び出したからには、既にここであのおかしなやつがどこかで潜んでいるかもしれないと疑り、注意を払って懐中電灯で広場を照らしてみたが、護は変わった点を見つけられない。

 くしゃくしゃになったマップを広げ、護は迷子センターがどこにあるのかを確認する。メリーゴランドから真正面にある螺旋階段の横、さくら通り側に迷子センターがあるとの標しを発見する。隠れていた時はそんなものがあるのを目にしなかったので、あるのかどうか疑う。

 護たちはマップに従って進む。上と下の階層へ繋がる、七人くらい大人が横並びして歩いても問題ない横幅がある螺旋階段の横を通り過ぎれば、広場の端っこで『迷子センター』との文字を見つけた。

 文字は壁でピンク色に横並ぶ。パソコンからクーパーブラック体で打ちだされたような字体。そんな文字の周りでは、可愛らしい絵柄のこどもたち、風船、ひよこが散らばり描かれている。どこもかしこも色褪せておらず、護は不気味としか感想が浮かばない。

 文字の下で扉開かれてある入り口も、また不気味としか――。

「扉を開けている。――はい。どうぞ入ってきてください、といわんばかりだな。相手は俺たちを招いている」護は開かれた扉を睨みながら、声を潜めた。脳裏では、この近くでおかめっぐ君の頭部が潜んでこちらを見ている。「相手は複数いる。中と、この外で待ち受けているかもしれない」

「つまり、挟み撃ちを狙っているっていいたいのだね」

 高佐が声潜めて返す。護は頷く。

「うん。俺もそう思うよ」

「ここは気転が利き、動ける、俺と高佐さんの二人だけで入ったほうがいいと思う。残りの動けない者はこの広場で隠れているべきだ」

「これもまた俺も同じに思うね」

「もしも俺と高佐さんが中に入って、十分しても戻ってこなかったら」いって、護はつい紫雨のほうへ目が走り、怯えた瞳にとまる。「その時こそ、警察に通報しろ。ここから逃げろ」

 わたしも、と紫雨は小さな声でいって、詰まる。胸に両手を重ね置き、落ち着きなく摩りだす。

 ――怖い。

 聞こうとしていなければ届かなかったほどの声で、紫雨がいった。その声は、どうやら護だけに届いていた。彼女は迷子センターとする入り口のほうへ顔を向け、すぐに戻して俯き、口に手をあてる。その様子には角井にも届いた。

「大丈夫?」と、角井が紫雨の具合を心配しだす。それからアルマにも具合を心配しだす。アルマは迷子センターに背を向け、目を瞑り、額に手のひらを当てている。紫雨も、アルマも、「大丈夫だ」と返す。

「彼女たちの安全を確保してほしい」

 高佐が角井に頼んでから、護に手招く。

 迷子センターの文字の下を、護と高佐は潜った。正面を照らしてまず見えたのは、受付と思われるデスクであった。小さい花柄の壁紙に囲まれた室内。左手にガラス窓がついたこの部屋を分ける壁があり、扉の設置されてない通り口がある部屋がある。薄ら闇の視界でここから窓を見れば、その部屋には幼児向けのジャングルジム、滑り台がある。――本日のこどもを預かる時間を過ぎて、明かりが消された託児所という印象を、護は受ける。気味が悪くて、顰めた。

「誰かいるのか?」

 ゆっくり、落ち着いた声で、高佐が顔を左右にやりながら尋ねる。目つきは警戒で尖らせている。その彼を護は流し見てから、デスクへ近寄る。

 埃被っていないデスクに護は顰めさせられ、デスクの向こうにある壁に目が釘付けになる。近くからじゃなくても見やすいサイズのフレームに納まった顔写真が飾られていた。

 ここで初めて古さというものを護に感じさせる、色褪せた写真。その中からおさげ髪のうら若く、いたいけな女がこちらへえくぼをつきの、愛嬌ある笑みを浮かべている。エプロンを首から下げていると見える。


  本日の迷子センタースタッフ ゆりちゃん

 「こどもたちと笑うことが大好き! お日さまも大好き!」


 フレームの下には、全く古く見えない、そのような紹介文が刷られた紙が貼られている。――これに理解ができない。理解できない恐怖を、護は感じた。笑む彼女に高佐からの光も当たり、驚いて、身が飛びあがりそうになる。

「何だそれは?」高佐が写真のほうをまじまじと見てから、息を飲んだ。「……な、なんて悪趣味な」

 うん、と、護は頷いて、口を開く。

「誰かがいるという感じはしませんね」

 ああ、と高佐は応えて、顔を遊具のある部屋のほうを睨む。

「俺は妙にあそこにある部屋が気になる。……何でだか分からないけど、妙に」

「確かに気になりはしますね。遊具の物陰にでも、あのおかめっぐが隠れていそうだ」

 高佐が頷く。

 護は高佐と目配せして、共に手にする身を守る道具を構えながら、遊具のある部屋へ入った。

 部屋は四角く、角の隅々までこどもの遊具が置かれている。その中央で、大人が大の字になって仰向けに倒れていた。服装から「ケントか」と察し、顔のほうを照らして男だと護はひと目で分かって、咄嗟に目を逸らした。男の額が割れていたから。

「ケント君か?」

 高佐の独り言のようにも聞こえなくなかったが、護は頷く。

「きっと」

 ――きっと、で間違いないない。

 きっと、ケントで。ケントの死体で間違いない。あんなに割れていて、生きている人間はさすがにいない。

 場が少しの間静まってから、護は倒れる男へ目を戻し、傍に歩み寄る。男はケントの亡骸で確かであった。亡骸を前に怖いとは起こらなかった。それがあまりに異様な有り様で。

「何だ? これは……」隣にやってきた高佐が絶句する。

 亡骸は大きく開いた口に、マフィンが突っ込まれていた。マフィンは古い感じではない。右耳についさっき外で摘んできたような一輪の小さな黄色い花を差す。胸の上には、何本もの袋に包まれた棒飴が並ぶ。頭の近くには、ストロー刺さる紙パックのジュースとマフィンが二個置かれた紙皿が床に置かれる。

 高佐は亡骸の傍にしゃがみこみ、声をかけ、名を呼ぶ。亡骸は死の直前にとてつもない恐怖に襲われたと思われるままで面を硬直している。暫し亡骸のほうを黙って見つめてから、目を尖らせた。

「なるほど。殺しか」

 高佐が息を吐くようにいった。

「間違いなく、殺しですね」

「俺たちを呼び出したのは、俺たちへの『お前らもこうしてやるぞ』との見せしめか。いや、俺たちを恐怖へ陥れて、愉快がるためか。それか、次はお前の番だとの忠告か」

「どれも考えられますね」

 護は答えて、身体が震えてくる。――これは恐怖からではない。恐怖はちっともない。

(……これは怒りだ)

 目に入ってくる亡骸の有り様から、異常な精神を抱える殺人鬼をテーマにしたホラー映画を、護は頭に浮かぶ。ひとを恐怖に陥れ、追い詰めて、凶器を残忍に振るい、殺しを楽しんでいる異常者。それが複数いるとなれば、皆でゲーム感覚に弱い者たちを追い込み、殺して楽しむ、所謂デスゲームをしている。

 高佐がゆっくりと立ち上がって、表情消した顔を天井へあげる。

「稚恵はペットボトルの蓋をひとりで一度も開けられたことのない。力のない子だ。そこらの女よりも力なんてない」

 頭の中でおかめっぐ君がこちらを見て、額を割れるもの――斧を手にして満面笑顔でいる。高佐の頭の中にもこいつがいそうだ、と護は高佐の動かぬ顔を眺めながら考える。

 ――ここは宮殿ではない。犯罪パーティー会場だ。

 高佐の口が動いて、静かな声を発した。


 続

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