六幕 うぐいす怪答しますね! 4

「お客様」

 なんとも美しい透る声だ。選挙カーから投票を願う女性を連想させる、うぐいす嬢の声が通路の天井に備わるスピーカーから呼びかけてきた。

「皆さま、八定ショッピングモールで楽しいひと時を過ごしていますでしょうか?」

 うぐいす嬢がまた呼びかけてくる。護は困惑したまま、スピーカーを唖然と見つめ佇む。

「迷子のお知らせを申し上げます。年は二十七才、弓中ケント君が迷子になっております。白いTシャツを着て、ベージュ色のズボンを履いております。ご同行者様がいるとのこと。心当たりのある方がいらっしゃいましたら、『太陽広場』にございます迷子センターまでお越しください」

 スピーカーからマイクが切られる音がし、場内放送終了を揶揄する鉄琴の音が流れ、音がしなくなった。

 抑えきれない恐怖宿る悲鳴を、紫雨がスピーカーへあげた。護に抱きついてきて、「怖い」と「やだ」を連呼し、身体を震わす。嘘のような放送が、本当に起こったのだと、護は胸に伝わってくる彼女の震えから理解させられる。

「騒ぐな。落ち着け。苛々してくる」

 自分でも意外なほど、護は冷静に紫雨へ文句がいえた。内心では困惑したままであるのに。紫雨から黙り込まれ、胸に顔を沈められる。

「――今の放送を聞いた?」太陽通りの方角から、後ろにアルマを連れた高佐が護のもとへ駆けつけた。動揺を隠せない様子であった。「一体、何なんだ。迷子だの、ケント君だのと」

「今の放送は何なんです? 誰かが放送をしたのですかね?」

 メインエントランスの方角から、右左へ顔を振りながら、のろい足取りでやってきた角井が護に聞く。ケントを捕まえようとしていた覇気が完全に消え、怯えきっているのが見て取れる。

(あいつか……)

 店から半分だけの、鸚鵡の鶏冠を生やした蛙の満面笑顔が、護に思い浮かぶ。どこからか、今も護たちを見ているのか。

「あいつ」と、護は頭の中で笑んでいる者を名指した。「……俺たちの前に現れた、ここに潜んでいるやつが放送したのだろう。俺たちを迷子センターに呼びだしたいので、間違いない。呼び出したい目的は、間違いなく悪いことでしかないな」

 俺もそう思う、と高佐が応えて続ける。

「ケント君について、やけに具体的にあげてきたね。――ケント君に何かあったのではないかな? 例えば、ここに潜んでいるやつに、捕まえられたとか」

 護は頷く。

「何かあったに違いない。俺たちを呼び出したいための人質にでも、されたか。人質にする相手としては、間違いだったな」

 思ったままのことを述べたら、護は高佐から「間違いだなんて、酷いことをいうな」と怒られた。間違ったことをいったとは思わないし、反省しない、ただ高佐とは共感し合えないのだと改めて思うだけ。

「捕まえられたとか、人質とか……訳が分からない」角井が首を竦めて、声を震わす。目を当てるのも可哀そうなほど、臆病者に成り果てているよう。「ここは、閉鎖されたモールじゃないのですか?」

「閉鎖されたモールではない」

 護が断言する。すると角井が食いついてくる。

「じゃあ、一体ここは何なのですか?」

「頭のおかしな連中の宮殿だ」

 角井が息を飲み、目を見開かして、何もいおうとしてこない。場が静まり返る。誰もが何もいわずに、護に注目してくる。護は通りの宝石輝く、美しい店の勢揃いを流し見て、失笑する。

 ――ほんと、おかしい。

 ここまでくると、モールではあるが、もうモールに思えない。モールではない、と、護は首を横に振って否定し、おかしな連中と繋がっているもの――スピーカーを見上げた。

「頭のおかしな連中ではないな。犯罪者だ」

 護はスピーカーに向かって、大きな声で否定してやる。

「肝試しとなる廃墟は犯罪者のたまり場に、巣窟になる、と俺は聞く。廃墟に肝試しへ行ったものが犯罪者と巡りあい、事件に巻き込まれる。ここは廃墟とは呼べない。ここは、犯罪者の宮殿といったところだ」

 なぁ、そうだろう、と護はスピーカーに聞いてやりたい。スピーカーから応えが返ってくるのをちょっと期待したが、無音を貫かれた。


 続

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る