六幕 うぐいす怪答しますね! 1

 渦巻いた青空が広がる天井一面を、護はメリーゴーランドの馬車の物陰でしゃがみながら見あげた。多様な青系統の色で織り成すそこで、白い雲も渦巻いている。有名な画家によって描かれたと、マップにはその者の名前もあったが、誰なのかは知らない。偉大な芸術と瞳から伝わってくる。

『太陽広場』と名前をつける象徴であろう、天井の中央から吊り下げられる、巨大な太陽の形をしたシャンデリアに懐中電灯をやれば、遠くからなのに少し輝いて見えた。

 傍でしゃがみこんでいた紫雨が何もいわずに、身を寄せてきた。シャツの胸を掴んできて、俯かれる。

 護は周囲を見る。この広場は、自分の視覚からしても、マップと異なることない、ドリーム広場と同じ広さ、円形の形。この身を潜めるメリーゴーランドは、ひのき通りがある側の隅にあり、背後から誰かが襲い掛かってこれる死角なく、おふじ通りとひのき通りから来た者を捉えることができる。

(このメリーゴーランドはそれだけの利点ではない……)

 護は左にあるおふじ通りとひのき通りを見比べてから、右へと懐中電灯を向ける。そこには太陽広場からさらに続く二つの通りの始まりが見える。マップではこの二つの通りは、おふじ通り側を『さくら通り』、ひのき通り側を『ケヤキ通り』との名づける。――もしもこの二つの通りから誰かが来た者も捉えることが可能だ。

(問題なのは……)

 護は正面へ懐中電灯を照らす。このメリーゴーランドの遠く、おふじ通り側の隅にある、この『太陽広場』から上下の階層と繋がるとされる巨大螺旋階段まで光が届かない。目を凝らしてみても、その階段があるのかどうかを確認することができない。暗闇が階段の存在を隠している。

(もしもあそこから誰かが来たら、俺は気がつくことができるのか……)

 護は苛立ち、舌打つ。下げて持つハンマーを握る手に力が入る。と、紫雨が身体を動かした。彼女は斜め後ろ上へと懐中電灯を向け、見上げる。「何かあったのか」と、護はすぐに目で追う。

 紫雨が懐中電灯で照らす先、壁に固定された案内看板があった。


 ☆ 八定ショッピングモールから みなさまへ の お願い


 当モールへお越しいだだき、誠にありがとうございます。

 モールには大勢のお客様が楽しいひと時を過ごそうとしております。

 職員一同から全てのお客様が楽しい時を過ごすためのお願いがございます。


 ・モールで他のお客様のご迷惑になる行為をしないでください。

 ・モール内は全面禁煙です。外に喫煙所がございます。

  こどもたちに優しい環境作りに取り組んでいます。

 ・モールでのカメラ、ビデオ撮影を禁じております。

 ・落とし物を見つけたら、わたしたち職員までお届けください。

  落とし物をして困っているお客様の気持ちを考えてあげましょう。


 ――と、モールでの禁止事項がまだまだ続きはあったが、護はこれ以上読まずに、紫雨の懐中電灯を持つ手を掴み、下げさせる。

「おい。お前は懐中電灯を点けるな」と、護は声を潜めて叱った。「ここは暗闇だ。光が相手に居場所を教えることになる。あのおかしなやつが、おれたちがどこにいるか気がつくだろう」

「ご、ごめんなさい。あの看板に書かれていることが気になって」紫雨は慌てて、持つ懐中電灯の光を消す。

 どうしよう、と護はおふじ通りのほうを見ながら、考えだす。

 あいつに居場所を教えないために、俺も灯りを消すべきか。一向にあいつが現れる気配はない。もしかしたら、懐中電灯の灯りによって、あいつは俺たちが既にここにいることを知っているかもしれない。灯りを消したら、闇に乗じて襲い掛かってくる可能性もある。

 護が迷っていると、トランシーバーが鳴った。高佐からであった。もうすぐで太陽広場へ到着すると教えてきて、それから五分後くらいにおふじ通りから灯りが漏れだす。

 おふじ通りから高佐と警備員が駆け足で抜け出てきた。高佐は片手に懐中電灯、もう片方の手には警棒のようなものが握られ、首を動かしながら護を呼ぶ。警備員は懐中電灯を片手で持ち、せわしなく辺りを照らす。

 護は高佐に応じて、紫雨を連れて駆け寄る。

「良かった。無事で」

 護が高佐の前へ来れば、警戒した面をしていた高佐がそういって、目元を笑ました。

「すごく心配したんだよ。護君たちがいるおふじ通りへ、おかめっぐ君の着ぐるみを着たやつがローラースケートで滑っていったから」

「本当にそんなやつを見たのですか?」

「もちろん。この警備員の彼も見たからね。――彼が目を覚ましてから間もない頃に、庭園からやつは現れた」

 護は警備員と目が合い、彼からぎこちなく笑まれ、頷かれた。表情からして怯えているとひしひし伝わってくる。

「護君も、おかめっぐ君の着ぐるみを着たやつを本当に見たのか?」

「はい。彼女と一緒に見ました」

 高佐は音を立てて息を口から吸い、吐く。そして目つきを険しくさせた。

「もう疑いようがない。もう結論がこの時で下せるね。この異常なモールには、異常な人間たちがいる。失踪事件はここで起こった」

「高佐さんとは奇遇なんか起こらないと思っていましたが、奇遇にも俺も今まさにそう思いました」

 と護は述べ、自然と眉間の筋肉に力が入る。

「そうだったかい。――そう。稚恵たちはここへ肝試しをして」で、高佐は黙り込み、視線を落とす。「許してはおけない。このまま、ここも、ここにいるやつらも、財閥も許してはおけない。明日の夕方の一面にしてみせる」

 決して大きすぎでもなく、小さすぎでもない声であったが、高佐は激しい怒りと気迫を全面にだしてきて、護は息を飲ませられた。隣にいる紫雨から、震える身を寄せられる。紫雨が高佐を怖がるように見る。

 高佐は紫雨のほうを一瞥し、はっとする。紫雨に顔を見せないためにか、護へ身体を横に向けた。

「ちょっと失礼」

 高佐は断りを入れて、ウエストポーチから煙草とライターを取り出し、煙草を吸いだす。

 あの、と警備員が声をあげた。下のほうを見て、額を顰めさせていた。

「そういえば、あの男はどこですか? 俺に対して、あんな酷いことを。――彼から早くきちんと謝ってもらいたい」

「そういえば、あいつのことはどうでもいい。ちょっと、静かにしていろ」

 護は苛々していて、言葉のコントロールができなかった。あの男とはケントのことを指すと理解して、警備員の気持ちも理解する。だけど、とにかく苛々していたのだ。失踪事件に関わっていると決定している、あの店からおかめっぐ君の頭をだしたやつは、今どこにいるのか、どうしたらとっ捕まえられるかを考えだしている最中でもあった。成り行きの弾みで、警備員に舌打ち、睨む。

 警備員は身を竦ませ、小声で謝ってきた。

「こらっ。護君。なんて口の悪い」

 高佐は護に叱ってから、警備員に護の代わりとして失礼を詫びた。

「そういえば、ケント君たちは今どこにいるのかな」高佐は口から白い煙を吐き、思い出したようにいった。「ひのき通りを調べに行き、その後で太陽広場で俺と合流するのを待っているっていっていたのだけどなぁ」

(……どうでもいい)

 どうでもいいのひと言しか、護は思いつかない。どうでもいいから、マップを両手で広げて眺めだす。高佐がトランシーバーでケントへ応答を求めだす。ケントから応じられないようで、喧しく応答を求め続ける。

 ――うるさい。こっちは考えている。ちょっと向こうに行っていろ、と護は怒鳴りたくなったが、怒鳴るのは面倒に思えた。自らで高佐から一メートルくらい離れる。

「護さん。あの、何を考えているのですか?」

 ついてきた紫雨は察しているのだろう、不安そうに聞いた。

「俺はこれからひとりであの店から顔を出していたやつを探し、とっ捕まえてくる。お前は高佐さんと警備員に守られていろ」

「落ち着いてください。護さんはわたしにいったじゃないですか、相手は男二人かもしれないって。護さんは男二人に襲い掛かられても大丈夫なのですか?」

 護は閉口させられる。ぐうの音はでないが、手にするマップをぐしゃぐしゃに丸めて、床に叩きつけることはできた。紫雨から宥められるように、背を撫でられる。

「また、どうしたの?」高佐が護のほうへ眉を顰めている。

「なんでもないです」と、紫雨が答える。

「そう。ならいいけど」

 護は高佐から呼び声をかけられ、苛々しながら返す。高佐は表情を曇らせて、口を開かせた。

「ケント君から応答がない。ケント君とアルマさんに何かあったのかもしれない。二人のことが心配だ。二人が向かったひのき通りへ、俺と一緒に来てくれないか?」

 護は返事に迷う。ケントなどどうでもいい。店から顔を出してきたやつを探しに行こうと促したい。だが、アルマのことは心配することはでき、頷いた。

「あの。護さんが行くなら、わたしもついていきます」

 紫雨が声をあげる。高佐は顔を渋め、護は紫雨に顰めた。

「もしかしたらケント君たちは危険な何かにあったかもしれない。紫雨ちゃんはこれ以上このモールにいるべきではない。警備員の方とこのモールから出たほうがいい」

 高佐が述べた。護も同感であった。高佐は警備員に紫雨を連れてモールを出るように頼む。警備員はおどつきながらで承諾する。

 嫌です、と紫雨は首を横に振るった。

「護さんはいっていました。男二人が潜んでいるかもしれないって。ここから別れて行動するのは、危険だと、わたしは思います。四人でまとまって行動するべきです」と主張し、紫雨は不安そうな目を警備員に向け、震える声で続ける。「わたしとこの警備員さんがモールを出る途中で、もし男二人に襲われたら、わたしたちは何も抵抗できないと思います」

 警備員は後頭部を掻き、苦笑する。

「そ、そんなことないと思うけれど」

「大いにあり得る。俺の提案は間違っていた。紫雨ちゃんとこの彼を危険な目に遭わせるところだった」

 口ごもっていて何をいっているのか全然聞こえない警備員のいい分を、高佐は遮って断言した。

「ほんと大間違いな提案だ」

 と、護は紫雨の意見に納得して述べる。うんうん、と納得から頷かせられもする。

「さぁ。みんなでひのき通りへ行こう」高佐が護たちへ手を大きく招かせ、ひのき通りへ先陣切って歩きだす。

「護さん。行きましょう」

 紫雨から手を繋がれ、護はため息をついた。


 続

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