五幕 ぺちゃいせん 怪道 8
おかめっぐ君はローラースケートを履いていた。突然と庭園から現れて、おふじ通りへ向かった――と、左手にあるトランシーバーからまた繰り返しに、高佐による説明が流れてくる。護はそれを耳元近くで聞きながら、おかめっぐ君の頭が現れた店に、ドリーム広場がある方向の暗闇によって全てを視覚できない通りを見比べていく。
――護君、気をつけるんだ。こちらへ来ないで、太陽広場へ向かいなさい。
高佐が指示を出してきた。護は苛ついて、舌をうつ。
「俺に命令をしてくるな。あの野郎を捕らえてやる。あの野郎は四年前の事件について知っているに違いない。捕まえないでどうするんだ?」
護はトランシーバーに吼え、高佐から何かをいわれそうになり、聞くなんて御免だから切ってやった。おかめっぐ君が現れてくる可能性のあるほうを見たまま、素早くリュックサックを下ろして、リュックサックの口を開ける。
「あの。護さん。何をするのですか?」
紫雨から恐る恐ると尋ねられた。護は手探りでリュックサックの中から工具のハンマーを見つけ、手にする。
「聞いていなかったのか? あの野郎を捕まえる。お前は自分で自分の身を守れ。危険を想定していなかった馬鹿なお前への助言として、せいぜい危険に近寄ることをするな。――つまり、俺についてくるな」
「あの……わたしは、危険があると理解してきていますから」と、紫雨が声を大きくしていった。護の服の腰を掴む。「わたしも護さんについていきます」
護は顰めてから、紫雨へ向く。紫雨は見るからに泣きそうであった。
「ついてくるな。邪魔になるだけだ」
護は紫雨を睨みつけてやる。紫雨は護の手にあるハンマーのほうを見てから、首を横にふった。
「そ、そんなもので立ち向かうの、わたしは不安で、心配です」
紫雨はハンドバックから銃の形をした黒いものを取り出し、どうぞと護に差し出してきた。これは何であるのかと護は気になり、受け取り、確認する。確認に間違えがなければ、日本では一般人に販売禁止される、海外の警察官が携帯したりする銃型の強力スタンガンであった。
「お前、これは何だ? こんなものをどこで手に入れた?」
「わたしのお兄ちゃんがくれたものです。わたしが中学生の頃に夜道で変質者と出会ったと教えたら、『またそいつと出会ったら、これで仕返ししてやれ』って持たせられた。――護さん、それを使ってください。だ、だけど、わたし、それを一度も使ったことがないから、随分と昔に貰ったもので使えるかが心配」
紫雨がそう述べ、ハンドバックに手を入れる。護は質問した時から困惑させられていて、この時も同じほどに困惑させられていた。彼女から鞘に納まった大型サバイバルナイフと見えるものを取り出され――今、さらに困惑強まる。
「……今日、危険があるかもしれないって理解しています。こうして自分を守るものを持ってきています。お兄ちゃんは軍隊の武器を集めるのが趣味だった。お兄ちゃんの部屋にあったものを持ってきました」
護は紫雨から凶器らしきものを持たせられ、つい首を横に振った。
「こんなものを使ったら、下手したら相手が死ぬ。俺は相手を殺す目的ではないのに、こんなものを使わせるな」
受け取ったものは必要ないと、護は紫雨に突き返そうとする。しかし紫雨から拒まれ、泣かれそうになる。
「なら、捕まえに行こうとしないで。危ないことやめて。……わたしは護さんのこと好きで」
なんと面倒だ、と、護は苛立ち思う。これはバレンタインのチョコレートかな。ここで拒否したら、絶対泣きだしそうだ。――舌を打ち。彼女から貰ったスタンガンらしきものはズボンのポケットに、ナイフらしきものはリュックサックへ入れた。ほんとチョコレートなのか、彼女から満足そうに笑まれる。
護はため息をつく。ハンマーを構え持ち、おかめっぐ君の頭が出ていた店へ身体の正面を向けた。今ここで捕まえられる可能性が高いのは、店のほうの者だと思う。――下手したら、ドリーム広場からやってくる者と遭遇して、店のほうの者と挟み撃ちにされるのが考えられ、出来るだけ早く手を打たなければ――と、駆け足する。すると紫雨から駆け足でついてこられ、「ついてくるな」と潜めた声で命じる。
「わたし、護さんの傍を離れるの嫌です」
護は店の前に到着する。店の扉は、「営業中」の札を下げて開いたまま。扉横にある若い女性向けの洋服が並んだショーウィンドウを一瞥し、上に掲げてある『ファッション・ぷりせす』との看板を見上げてから、紫雨に「後ろから他のやつが来るかもしれない。後ろに気をつけろ」と述べ、頷かれる。右手でハンマーを振り上げて構え持ち、左手で懐中電灯を握って前方を照らしながら、店の中へ踏み込んだ。
店内は、若い女性に受けそうな可愛らしい内装、若い女性向けの服が陳列されている。護の目からして、変な点のない小さな洋服店だ。
「おい。隠れているなら出てこい」
護は辺りを警戒しながら呼びかける。店内から誰かいるという気配を感じない。店内を巡り歩く。身を隠せられそうなレジカウンターの裏、試着室を覗いていく。
「おかめっぐ君は、どこにもいませんね」
護が店内をひと通り見て廻った時、自分が思ったことを紫雨が代わりになるようにいった。
何であいつはいない――。
護は、悩み考えだす。隙を見てこの店から出て、他の場所へ行ったのか。俺は紫雨と喋りながらも警戒をし、隙を作っていなかったはずなのに。
「護さん。この店から出ましょう」紫雨は、店の入り口のほうを怖そうに見ている。「――わたしたち、ここに閉じ込められてしまいそう」
護ははっとさせられる。ハンマーを腰に差して、空いた手で紫雨を引いて店から飛びだした。彼女から狼狽えられたが、太陽広場がある方へ疾走する。店から遠く離れたと思ったところで走る速度を落として、口を開いた。
「あいつがあの店から顔を出したのは、あの店に招きいれ、俺たちが油断したところを見て、店に閉じ込め、襲いかかろうという魂胆があった可能性があった。そいつひとりでではなく、ドリーム広場からやってくるやつと合流してから、閉じ込めて襲い掛かろうと企んでいたのかもしれない」
「そ、そんな……」
「男二人がかりだったら、俺ひとりでは無理だ。しかもお前が傍にいたとなると、余計に無理だ。――太陽広場へ行き、身を隠そう。それで高佐さんたちと合流する必要がある」
あの、と紫雨がいって、黙る。
「何だ?」
護は紫雨をちょっと見た。紫雨は視線を落とし、眉根に不安を宿していた。いいかけたことを何であるかと急かして、紫雨から声を潜めて教えられる。
「……わたしは、おかめっぐ君の幽霊を見たのだと思います。だから、店にいなかった。店へ入って、幽霊だから姿を消せた。……わたしたちと高佐さんは、同じようなタイミングで違う場所でおかめっぐ君を見たのは、幽霊たる証拠だと思います」
「そんな馬鹿な。あり得ない。あんなはっきり見える幽霊が存在する訳ないだろう」
「あり得ます」
すぐに護が一蹴すれば、紫雨が返した。
「強力な霊力を持つ幽霊なら、霊感の低い人間でも姿を見ることができます。霊力の低い幽霊のように、霊感の高い人間ではないと見ることができないのと違って。あのネットのサイト通りの呪いとまではいかないと思うけれど、生きた人間を祟る……呪うことのできるほどの霊力のある幽霊なら、どんなに霊感の低い人間でも見ることができる。――わたしはそう知っています」
思うではなく、知っているといい切るなんて、護は思いもしなかった。そんなこと信じられないといい退けたかったが、彼女の真剣な眼差しから、口にすることができなかった。
五幕 終
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