五幕 ぺちゃいせん 怪道 7

「今、わたしたちは、どのくらいおふじ通りを進んだのでしょうかね?」紫雨が足を止めて、呟きに似た口ぶりで尋ねてきた。疲労に聞こえる吐息をし、護と繋いでいない手で、右足の脹脛をブーツの上から揉む。

 護は彼女の掴まれる手に引かれて、立ち止まらせられた。紫雨に懐中電灯で視界を照らすことを頼み、マップを広げ持つ。自分の左右にある店名とマップを照らし合わせる。

「三分の二くらい進んだことになるな」

 と、護は答えてやった。

「長い通りですね。この通りは片道何分かかるのでしょうかね?」

「さぁ。どうなのだろう」

 護は腕時計を見て、00:12との表示を知る。既に翌日の六月三日であったことに、ちょっと驚かされる。この通りをどれほど歩いたかを考えてみても、いろいろ紫雨によって足をとめたり、店を覗きながらであったから、片道何分かを割り出すことができない。けど、通りが長いのは、十分に把握してはいる。

「片道何分かは分からないな。時間を気にしていなかったから」

 護はそう述べた後、紫雨が左のほうを見ているのに気がついた。彼女は懐中電灯をマップへ照らし続けており、見るほうへは照らしていない。――ちょっと奇妙に思える。

 護の目からして、彼女の見る先、懐中電灯の明かりが微かに届いてはいる。そこに、華やかな女性服を着たマネキンたちが陳列されるショーウィンドウがある。

「おい。どうした?」

 護が声かければ、紫雨は振り向いてきて、ちょっと口を笑ませた。

「この通りは本当に女性向けのお洋服だらけですね」

「ああ。女の服ばかりだな。……ここが閉鎖されていない頃は、ここでは女ばかりがうろついていたと想像できるな」

 紫雨は少し黙り込んでから、口を開いた。

「護さん。先に進みましょう」

「そうだな」

 護は紫雨と肩を並べて歩きだす。と、紫雨から掴まれる手に力を込められた。

「何?」

「護さんの手を繋いでいると、安心する」

 照れ恥ずかし混じり、そして「健気」と強調して例えられる彼女の応えに、護は嬉しさが起こりかけ、唐突に嬉しさはしぼんでいき消え、代わりに重たさを感じた。あまり、この子と手を繋いでいないほうがいいと思えてくる。一瞥すれば、彼女から可愛らしく笑まれ、手を離せない。

「何ですか?」

「なんでもない」

 護は前を向き答えた。あまり深く考えこまないことにし、懐中電灯で辺りを照らし眺める。危険が潜んでいるだろうと周囲に対し感覚を研ぎ澄ますも、何も捉えられない。

「何か事件に関わるものが見つかるのでしょうか?――四年の月日の間で残っているのでしょうか?」

 紫雨の質問に、護は艶やかな汚れのない床へ目がいく。答えは、この床が答えているようだ。この綺麗にされている床のように、事件に関わるものも綺麗にされていると思えてくる。

「必ず見つけないといけない」

 護は床へひと睨みしてやってから、述べた。

「――お兄ちゃんは、この通りを歩いたのかな」紫雨が消え入りそうな声でもらした。

 どう応じてやればいいのか、護は分からない。何か応えてほしいのかと考えだすと、紫雨には必要がなかったようだ。

「お兄ちゃんは気難しくて、問題があったと分かっています。だけど、わたしにはいつだって優しかった。わたしが話を聞いてほしい時は、いつでも話を聞いてくれた。わたしのいうことを一度たりとも否定したことない。いつでも、わたしの味方」

 なるほど、と護は思った。彼女は話を聞いてほしいのか。なら話を聞こう。周囲を伺いながらで、耳を傾けることにする。

「わたしは、昔からあまり友達ができないのです。友達になりかけるのだけど、わたしのことを気持ちが悪いって離れていっちゃう。お兄ちゃんはわたしの一番の友だちでもあった。わたしを連れて、遊びに出かけてもくれた。それで……」

 紫雨が黙り込み、護は相槌をやる。だけど、彼女は続けないで、立ち止まった。護も立ち止まらせられ、そして感じた。

 ――後ろから、誰かに見られていると確かに感じた。

 即座に、護は懐中電灯の灯りと共に振り返った。照らされた先、自分から数メートル離れた先にある店から、誰かが顔を半分だけだして、こちらのほうを見ている。

 紫雨が甲高い悲鳴をあげる。こちらを見ている者は悲鳴に動じないで、大きく釣りあがった口角、満面笑顔のおかめっぐ君の着ぐるみの頭部で顔を覆わらせたまま。

(……おかめっぐ君?)

 護は戸惑い、息を飲む。危険を感じ、咄嗟に紫雨を自分の背にやり、彼女の盾になる。

「お前は誰だ?」

 護は訊ねた。相手から微動とされない。なので、声を大きくさせて、訊きなおした。すると、相手は顔を店の中へ引っ込めさせ、顔を見せなくさせた。

 護は警戒する。店を注視し、紫雨を背で押しながら後退る。

「もしも相手が飛び出してきたら、ひとりで逃げろ」

 護はズボンの腰に差しておいたトランシーバーを取り出し、紫雨のほうへ差し向ける。

「これで高佐さんに連絡をいれろ。おかしなやつがモールにいると発見できた、とな」

「に、逃げろって」

 紫雨は受け取ろうとしないで、泣きそうな声をあげる。護は舌を打つ。

「受け取れ。危険があると分かっていないで来たのか? 馬鹿が」

 護は紫雨にトランシーバーを無理矢理にでも持たせようと動こうとした時、トランシーバーが鳴った。

 ――い……今、いいや、一分くらい前に、おかめっぐ君を見た。おかめっぐ君の着ぐるみを着た者を見た。

 応じたトランシーバーの向こうから、高佐が動揺した声で訴えてきて、繰り返しに訴えてくる。護は動揺せずに、冷静に、「こちらも、今さっき、おかめっぐ君を見た」と教え返してやった。


 続

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