五幕 ぺちゃいせん 怪道 4
三角、上下を形取るボタンを繰り返しに、護は押してみる。ボタンは点ることなく、大型エレベーターは動く気配ない。回転扉といい、これといい、自らで動こうとしてこない。
「動かないようですね」
隣にいるアルマが述べ、ボタンを押してみたがる。護は譲ってやり、彼女がボタンを押しだすのを眺める。
八定には電気が通っていないのか、と、護は考えだした時、肌で気配を、「誰かから見られている」と感じた。ふと、自分の靴に目がいけば、明かりで照らされ、斜め前に自分の影が伸びている。
――斜め後ろから、誰かに光を当てられているのだ。
光の発しどころへ、護は顔をやる。噴水の近くに紫雨がひとりいて、護へ懐中電灯を向けていた。懐中電灯を向け返せば、暗く陰る表情した彼女を見れた。と、彼女は自分のほうへ何かいいたそうに口を動かして、素早く斜め下へ黒目を落とす。
「何?」
護は紫雨の傍に来て、尋ねた。彼女からちょっと驚かれてから、ぎこちなく笑まれる。
「わたしは護さんを怒らせちゃったから、もう護さんの傍にいちゃ駄目ですか?」
どうなのだろうか、と護は悲しさ宿す目を見ながら、自分へ問う。
今は彼女へ怒ってはいない。こうして対面し、可愛いと思う。弱ったことに、彼女に弱くなってしまう自分が、どこかにできてしまった感じがする。当の護にだって分からない、複雑な何かに酔わせられ、自然と彼女の唇へ目が走り、それから目が下へ行こうとしかける。あまり彼女を直視したくなくなり、目を逸らす。
「駄目ではない」
「なら、傍にいます」
「そう」
護はメインエントランスを見渡し、今のところ調べたいと思うところは調べたと思う。マップを広げ見れば、回転扉から真正面に奥、メインエントランスを越えた先へ続くのは、メインエントランスの四倍ほどの広さの円形広場――『ドリーム広場』だ。先へ進むことにし、マップを広げながら歩きだす。紫雨が肩にくっつくか、くっつかないかの隣でついてくる。
「護君。どこへ行くのだい?」
護はぎくりとする。離れた距離で背を向けていたのに、高佐は目敏かった。自分のことなど放っておいてもらいたいのに、呼びとめられた。
「はい。どこへでも」
「どこへでもってね」
から始まり、案の定、「集団行動。集団行動。集団」と、高佐は喧しく要求しだす。また、護の手にするマップに興味を抱いてきて、「これは役に立つ」として、お節介にもほどほど、案内デスクにあるマップを護以外全員に配り持たせる。それからで、護は皆で進む。
大きく開かれた広場が見えてきた。護たちは皆、言葉を交わし合わなくても、息が合ったように足を止めた。
広場の天井一面には蝶々と妖精をモチーフにした無数のシャンデリアが、中央には円錐型の樹々による庭園が、周囲には今流行りの名店の建ち並びが――そう、なにもかも、護の手にするマップの説明通りだ。おまけに、庭園の近くには、マップの右下に写真付きである、幼いこどもたちを乗せてモールを巡るための、運賃無料ミニ機関車まで存命。
ここがドリームの広場というなら、護はナイトメアの広場と例えよう。あまりの気味の悪さに鳥肌が立つ。
「こっ、これは、何てことだ……」
護の代わりになってくれるように、高佐が裏返した声をあげた。
「閉鎖したモールなのに、何で、こんな店があるの?」と、アルマ。
「財閥は、頭がおかしい」
ケントによる言葉であったが、護は悔しくも一番頷いてやりたくなる。
隣にいる紫雨から手を掴まれ、彼女を見やる。彼女は苦しそうに、視線を下のほうにやり、繋いでいない手で胸の中央を摩り撫でている。
「護さん、ごめんなさい。わたしの、わがままを聞いてほしいです。手を繋いでいてほしいです」
「もしかして、具合が悪いのか?」
「ちょっと、だけ。あと、ここがちょっとだけ怖いから」
「ちょっとだけ怖い?」
紫雨は頷いた。
護は、ここの怖さの程度で例えるなら「かなり」だ。閉鎖したモールをこの有り様にさせている人間の異常性から、「かなり」と評する。「かなり」ではなく、「ちょっとだけ」怖いとの表現をする彼女の理由が気になり、尋ねようか迷う。
「ここも調べていこう」
高佐が促してきて、護は紫雨を眺めたまま生返事をやる。尋ねようか迷い続けつつ、彼女の手を引いて、何となくだがミニ機関車を調べに向かう。
「き……君たち、ここで何をしているんだっ」
男の、戸惑い、怯えが混同した大きな声が広場で響いた。それはメインエントランスのあるほうからであった。ミニ機関車目前までに辿り着いていた護は、即座に足を止め、そのほうを見た。
――あれは、警備員。
視覚から脳へ、と護に伝達された。ひと目で警備員であるとしか思えない制服を着た男が懐中電灯を手に立っている。ドリーム広場へ入る手前で立ち止まり、懐中電灯をせわしなく振るい照らしている。
「おいっ。ケント。警備員がいないという話のはずなのに、どういうことだ?」
高佐がケントへ怒鳴った。高佐とケントはどちらも庭園の近くにいる。ケントは狼狽えて、首を横に振るう。
「こ、こんなの知りませんよ。今日、明日、明後日は、俺の友だちが警備をするとの話で。警備員は明々後日までいないって……」
男が身体を震わせながら、高佐とケントのほうへ歩きだす。「警備員」との大きくご丁寧な刺繍まで制服の背にあるのが、護には見えた。
「き、君たちは、ここで何をしている?」
男は高佐と対峙し、落ち着きなく首を左右に動かしながら聞いた。高佐はほとけ笑みになり、名刺を両手で差出、男へ頭を深々と下げる。
「わたしは〇×新聞の記者でございます。菊野財閥から依頼をされ、ここの取材をさせて頂いています」
「え。ええ? あの〇×新聞ですか? あの。でも、さっき……警備員がいない、とか」
「はい? 何のことでございましょうか?」
すばらしい。「ご両人」と大向うを掛けたくなる演技、と護は遠目から評価できる。高佐はとぼけだし、男に肩に腕をまわして「聞き間違い」を和やかに説く。
男は、躊躇いがありつつな感じではあるが、「なるほど」と頷いた。首の裏を摩り撫で、首を捻らす。
「予定表には、何も来客とかの予定はなかったはずなのだけどな」
「きっと、よくある書き損じというものですね」
「うん。確かに。今日の担当のやつは不真面目だから、あり得そうだ」いって、男は胸を摩り撫でる。「はぁ。本当に驚いた。怖かった。幽霊かとも考えていた。危なそうなひとたちじゃなくても、良かった」
「そんなことございませんから」
男は懐中電灯で護たち、ひとり一人照らしていく。
「なら、ここにいる人たちはみなさん記者ということで?」
「わたしのアシスタントですよ」
高佐のさらりとした嘘に、男は納得顔で頷く。
「分かりました。取材の邪魔をして失礼をしました。どうぞ、取材を続けてください。だけど、どなたかわたしと一緒に、警備員室まで来てください。来客はここへ入る前に、必ず菊野財閥へ一報を入れてからじゃないといけません。警備員室の来客帳には、一報を入れたとの印もなかったもので」
「ん?」と、高佐がおかしな声色で返す。
「えっと。だから、どなたかひとりでいいので、警備員室までお願いします」
男が高佐へ頭を下げた――と、護は見えた。途端、男が前のめりとなる。男の横から、ケントが男の腹へ拳を突っ込んでいた。男は体勢を崩すと、ケントからたて続けに腹、側頭部と殴られ、倒れると、切れのいい蹴りが横腹に入れられた。しかと暴挙だ。
暴挙に、護は唖然とする。――ドリーム広場が静まり返った。
続
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