五幕 ぺちゃいせん 怪道 3

「自動」と付くからにひょっとしたら動くかもと、護は回転扉と対面になって考えた。しかし回転扉は動こうとしない。動かなかったことに、安堵に似た胸の心地がした。

 ――動かないほうが、閉鎖されたモールらしさがある。

 護は扉に右手を掛け押す。扉には重みがあった。軽く押しただけでは廻ろうとせず、両手で力を掛けて押しながら、回転扉と共に半円廻って、扉を通り抜けた。

(ここに、奈々は入っていったのだ……奈々)

 建物の中へ踏み込んですぐ立ち止まり、周囲を警戒する。ここがどんな場所であるのかが、真っ暗で把握することができない。手にする懐中電灯の灯りに照らされることで、何があるのかを見ることができる。回転扉の目前には、水の流動はないが、亀の像が飾られた噴水と思われるものがある。

「奈々っ。姉ちゃん。俺だ。――姉ちゃんの弟の、護だ」

 もう期待なんか失せていると思っていたはずだった。なのに、声をあげてしまった。奈々を探して、懐中電灯で辺りを照らし見る。

 ここは噴水を中央に置いた円形の広場。回転扉の前から真っ直ぐ正面に、この広場の奥先にはさらに建物が続いている、と把握する。感覚を研ぎ澄ましてみるが、物音はなく、誰かがいるという感じはしてこない。

(奈々……)

 奈々の姿が頭に過り、護は痛みとして感じる。と、後ろから回転扉が動くのを察知した。高佐たち四人が纏まって扉を通り抜けてやって来るのを、一瞥してから、舌を軽く打つ。

「護君。一緒に行動しよう。その方が調査するのに捗るよ」

 わざわざ、と護を思わせる。それほど、高佐は視界に入る立ち位置まで入ってきて、ほとけ笑みでそういってきた。――不快にさせたいのかなっと、ひねくれたくなるほどに。

 高佐は光る懐中電灯を左右に振り、笑みを消した。

「ここは……本当に一体何なのだろうね。ケント君は本当にここへ入ったことはないのかい?」

「ないですよ」と、ケントはきっぱり答える。「契約違反を犯して、賠償金を払いたくないですし。それに、びんびんに感じるでしょう? ここへ向かう最中からそうだったけど、すごくここが異常な場所だって。遠目からでも、異常さを感じるここへ近寄るなんてしませんから」

「なるほどね。確かに異常だ。閉鎖をしたのに、こんな有様だなんて」

「本当に異常な場所だ。何でこんな……気持ちが悪い」

 と、ケントが怪訝そうに、右のほうを懐中電灯で照らしながらいった。そこには、『案内デスク』と記された看板が真上に吊るされた受付がある。

(まるで、あそこには案内係が数人ほど並んで、来客のために待機をさせられていそうだ……)

 受付とする横長のデスクから、護は想像を引き立たせられた。気になって、近寄る。

 デスクの上にはカタログラックが置かれていた。そこに『八定ショッピングモール 案内マップ』と表題を刷られた、折り畳まれてA5サイズほどの大きさの案内書が納まっているのが、護は目に留まった。一枚引き抜いて、手に取った。広げてみれば、これは見間違えようがない、マップであった。

 ――なんでこんなものが備わっているのだ、と戸惑わせる。

 このマップによれば、護がいる場所は、『メインエントランス』と名づけられている。著名とされる芸術家によってデザインされた噴水が備わり、いつでも笑顔の職員が待機する案内デスクがあることが絵と文字で説明される。

 マップと周辺を見比べ、護は気になる違いを発見した。

 このマップには、護が通り抜けた回転扉はなく、それがある箇所にはレトロで高級感のある観音開きの大型扉の絵がある。また、護から見て、案内デスクから真正面、噴水を越えた先にある大人数収容可能な大型エレベーター二つが、マップのその場所では、古風なデザインのエレベーターが横並びに八つ存在するとされる。

 マップとの違いはどうしてだろうか、と、護は疑問で、つい首を捻らす。マップを元通りに折り畳み直して、表題がある面から裏を返す。そこには、1987年による改訂版であることが記されてあった。

 護は記載を読んで、笑いを吹いた。

(建物には手をかけることをしているのに、案内には手をかけないのか)

 あの、と、後ろからアルマの呼び声がした。護は俺に対してではないとして受け流すと、先ほどよりも少し大きめな呼び声がして、振り返った。アルマが強張った顔して立っていた。

「あの。さっきは……わたしに、質問をしてきていたのですよね?」

「はぁ?」と、護は横柄に返してしまった。可笑しいと思う質問を受けたから。「あの状況はあなたへの質問にしか考えられないかと」

「ごめんなさい。その、わたしは、普段は日本語を使って生活していなくて。聞き取りが上手くできないことがある。――わたしは日本語を聞いたら、一旦頭の中で聞いたことを翻訳して、理解したりする。それだから、わたしがあなたからの質問を受けて、すぐに答えてあげなかったから、何といったらいいのか、あなたが怒るようなことになってしまって」

「なるほど。あなたのことは、別に気にしていないです」

 アルマは間を置いてから、明るく笑む。それで、両手を動かしての表現をしながらで、「改めまして」から始まり、彼女についての紹介をしてきた。

 彼女は、姓がツカで、名前がアルマとのこと。スイス国籍でスイスに暮らし、絵描きを目指しながら、ホテルのレストランで給仕係として働く二十四歳。高佐から八定ショッピングモールで調査をすると聞いて、三日前に来日した――と、護は、彼女の度たび片言になる紹介を解釈した。

「何故、わたしが、おじいちゃんが消されたと思うのか、知りたいのですよね?」

 アルマが憂え聞いてきて、護は頷く。

「わたしと、わたしのおじいちゃんは一緒に暮らしていた。わたしのおじいちゃんはひとりで暮らしていたのだけど、わたしは、おじいちゃんが、死んじゃったおばあちゃんなしに、ひとりで暮らすのが可哀そうって思って、一緒に暮らしていた。昨年の四月に、わたしのおじいちゃんは、わたしに『日本で受けた仕事の出来を見てくる』って教えて、日本に行ったのです。わたしのおじいちゃんは自分が設計して、出来上がったものを、必ず実際に見たがるものだから……」

 うん、と、護は相槌をやり、シャッター音が聞こえた。高佐とケントが大型エレベーターをデジタルカメラで撮影しているのに気がつく。

「時間が勿体ないから、調べながらでいいですか? それで?」

 護は受付デスクの中へ立ち入り、後ろからアルマがついてきながら続けだす。

「おじいちゃんは、日本に一週間滞在してから、帰ってきました。――帰ってきたおじいちゃん、変ではあった。わたしと一緒にいる時は黙っていることなんかないのに、全然喋らなくて。帰ってきた日は、わたしは『長旅をして疲れたのかな』と思っていたのだけど、その翌日も全然喋らないで、仕事場に籠ってばかりいて。それで、その次の日の朝、わたしに笑顔で『ちょっと買い物へ行ってくるから』って変なことをいって、外へ出たの」

 光沢あるデスクを、護は手で撫でる。手のひらに消しゴムのカスがついてきて、「変だ」と思い。その最中に、彼女から聞かされたことにも、同じに思った。

「ちょっと買い物へ行くことが、変?」

「はい。わたしのおじいちゃんは買い物が大嫌いだから。買い物へ行くために出かけるなんて言葉、わたしは生まれて初めておじいちゃんから聞いた」

「なるほど」

「……外へ出て、そのまま、おじいちゃんは家に帰ってこなかった。警察に通報して、警察がおじいちゃんの仕事場を調べたら、遺書みたいなものを発見され、自殺しての失踪になった。だけど、わたしは、おじいちゃんが自殺なんかする人じゃないって知っている。だから、わたしは、おじいちゃんは日本へ行って、何かあったのに違いないって思った。それで、わたしは、おじいちゃんの仕事場を調べ、日本のどこへ行ったのかを調べた。それで、日本にある『八定ショッピングモール』という場所に、自動回転扉を設置するための設計依頼を受けたと分かった。わたしはてっきり、そのモールはよくある普通のモールだと考えた」

「普通のモールではないですね」

 共感してではなく、護は受付デスクを見ていきながら思った感想がこぼれた。受付デスクは清掃が行き届いていて、そこには古ぼけた感じではない、誰かにより使われた形跡ある筆記用具が詰まった筆立てが置かれている。

「はい。ネットで調べて、そのモールがどんな場所かを知った。そのモールは、もうとっくの昔に閉鎖され、『廃墟』になっている場所だ。そんな場所に、おじいちゃんに回転扉を依頼するなんて、本当におかしいと思った。おじいちゃんは、プライベートに怖そうな人たちからの仕事も受けていた。だから、わたしは、おじいちゃんはこのモールを見に行き、知ってはいけないことを知って、『消された』と考えた」

「なるほど」

 護が返せば、アルマから続けて語られない。知りたかったことを知れたと思うので、これ以上彼女にいうことはない。気になる大型エレベーターも見に行くため、そこへ目指して身体を動かす。

「ここを見て、分かった。ここは、間違いなく廃墟ではない」

 後ろから、アルマが小声でいった。

 その通りだと、護は彼女を見ないで頷いた。廃墟に相応しいと思えない、塗装の剥がれのないエレベーターの閉じた扉を眺めながらで。


 続


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