五幕 ぺちゃいせん 怪道 2

 薄ら白い霧の幕が揺れる夜の中、巨大な建築物が聳えている。湿っぽい穏やかな風が吹く。霧の幕が揺れ、建築物の周りに置かれる来客歓迎を詠う華やかな旗たちも揺れる。

 また、風が。今度は強風吹く。遠方で建築物を囲う樹々四方から、枝と葉隙間でなす口笛があがる。旗たちが揺れ、口笛に応ずるように、たなびく音を立てて詠いだす。

  御来店 大歓迎

    八定ショッピングモールへ

 これは間違いなく、八定ショッピングモールだ。どこをどう見ても廃墟ではない――と、護は詠う旗たちに、この巨大を前にして思う他なかった。口が開く。ネット、新聞、そしてCMで見たものが、ここに存す。

 八定ショッピングモールは外観にひび割れ、色彩の薄れがまるでない。活気溢れて誕生した新建築時の姿を保ちながら、今も、今に合わせつつ呼吸をしている。

 今に合わせ――現代的に、モールの入り口として設置される扉は、護が受講する大学の講義にて使われた資料で見た、大量人数の通過を可能とする最新型回転式自動扉。つい最近にオープンしたてたばかりのショッピングモールかと疑いそうになる。だが、それを否定する、長い歴史があると伺わせる断片、対をなす羽を広げた鶴の銅像が、回転扉の両脇に置かれている。右側の鶴の銅像には、歴史を示す刻印がある。

  197×年 八定ショッピングモール建立 

     設立者 菊野三郎 へ 一同感謝

 護は銅像の傍に寄り、その刻印を読みあげた。そしてひと周り見る。薄っすら霧がかる辺りでは、こどものためのコインを投入して動くタイプの遊具、来客が休むためのベンチ、スタンドショップなどといった、来客へ外での楽しいひと時を提供する、生き生きとしたものたちが散らばってある。

 ――ここは、今が閉店時間中のモール。

 そのような空想が、護に過る。回転扉を見て、「これを通り抜けて、奈々は入っていったのか」とまた空想過り、ただの空想であると判断する。――高佐からの話では、この回転扉は四年前の事件後に設置されたのだから。

「護君。ひとりでどんどん先に行かないの。危険が潜んでいると分かっているのだ。集団行動しよう」

 遅れながらで、四人が纏まってやって来た。高佐からやってこられるなり、護は注意を受けた。鬱陶しい、とほんとに思う。個人行動をすることを主張したくなったが、特に考えることなく「無駄」と下す。

(とりわけ、高佐には無駄だと感じる)

 護は高佐に顔を背け、回転扉へ行こうとした時、後ろから女の呻きにも似た叫びをあがった。そのほうを見る前に、アルマから横を通り過ぎられた。

 アルマは回転扉の前に佇み、口を両手で抑えて、身体を小刻みに震えだした。瞳に回転扉を映して囚われる。外国語で独り言を始めるが、それが何の言語で、何と喋っているのか、護には理解することができない。

 高佐とケントが彼女を心配して、傍に寄る。

 あの彼女は一体どうしたのだろうか――と、護は気にはなり、アルマの丸くなった背を眺める。また、ふと、視界に紫雨がいないことに気にもなり、紫雨を探して首を動かす。

 紫雨は回転扉から五mくらいは離れたところで、ひとり佇んでいた。俯いて、胸に両手を重ね合わせて置いている。

 突然、アルマが声をあげて泣きだすのが聞こえ、再び護はアルマのほうへ顔を戻した。

 間違いない――と、アルマが声を絞りだしていった。

「この扉は、わたしのおじいちゃんが設計した。この同じ扉の設計図が、おじいちゃんの家の仕事場にあった。おじいちゃんは、間違いなく、菊野財閥から仕事を受けたの。財閥は、おじいちゃんに『そんな仕事の依頼をしていない』って否定したけど」

 これが、菊野財閥によって依頼されたという、最新型の自動扉なのか――と、護は回転扉を見やって思う。改めて、最新型で確かだ。

「うん。落着きなさい。落ち着こう」高佐がアルマの背負うナップザックに手を当て、宥めだす。

「おじいちゃんは知ってはいけないことを知ったから、消されちゃったのね」

 涙ながら、まるでそこに彼女の祖父がいるかのように、アルマが回転扉へ語りかける口ぶりでいった。そして、この場が彼女のすすり泣きと、梟たちのぼやきだけになる。

「知ってはいけないことを知ったから、消された――何で、『消された』だなんていうことができる?」

 護は気になって、アルマに質問を投げた。アルマは何も答えないで、すすり泣く。

「おい」と、護は呼ぶ。

「護君っ。女の子に乱暴な口の聞き方をやめなさい。君を理解するけど、さっきから君の振る舞いは乱暴過ぎだよ」

 護は高佐から叱り飛ばされた。たいへん心外であった。自分はアルマには乱暴に聞いたつもりない。ごくごく普通の態度で、日常の喋り方をした。ケントから「泣いている女の子に対して、良くない口の聞き方」と非難され、高佐の肩を持たれる。

 高佐とケントに唾を吐いてやりたくなり、迷わずに護は地面に向かって唾を塊にして思いっきり吐いた。彼らから目を丸くされて、苛々する。

「俺は先に行っています。時間が勿体ない」

「先に行っているって……さっきの俺の話を理解していないのかな? ひとり行動は危険だ」

「はい。みんなで仲良く、ここへ集団観光でもしましょうってことですかね。そんなの、御免被りますね。先生みたいなおせっかいをしてくるな。俺は集団観光しに来たわけじゃないっ。くそったれ」

 これこそ非日常的に、護はわざと馬鹿でかい声をだしてやった。普段怒る時は、もうちょっと音量は低いだろう。もう一度、唾の塊を地面に吐いてから、回転扉へ直視して歩きだす。高佐の横を通り過ぎそうになった時、高佐から「待ちなさい」と肩を掴まれる。掴んできた手を、わざと肩で乱暴に揺すって、払い除けた。


 続

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