四幕 なに怪うたい踊りたもれ 5
真っ黒な世界で、ワン、トウゥ、と若い女の声がカウントを取る。そして数字を飛ばして「エイト」と、声高らかに唱えた。
それは、そう、呪文であったのだ。瞬く間に真っ黒な世界が、白い世界へ変わった。麦わら帽子をかぶり、薄ピンク色の背広の若い女が、ギターを抱えて現れた。
彼女は目を閉じて、口を大きく開けた。
「エイチ、えー、シー、あい、エス、えー、でぃー、えー」
真っ黒な世界を変える呪文を唱えたのは、彼女であったようだ。声が同じだ。彼女はまたもや呪文を唱えたのか、とても陽気な聞き心地のカントリーの曲が、この世界で始まった。彼女の横に楽器を手にした男女たちが、楽器を奏でながら集まりだす。
集まってきた女は五人、呪文を唱えられる彼女と同じ衣装。一方、男は六人、全員麦わら帽子を被り、黒い背広を着ている。
合計十二人が集い、笑顔でカントリーを奏でる。彼らの中央に、虹色の煌めく煙と共に、おかめっぐ君の着ぐるみを着た者が、タンバリンを片手に回転しながら現れた。
「さん、はいっ」
おかめっぐ君はいって、タンバリンを鳴らし、足踏みを始める。それに合わせて、十二人も足踏みを始める。それから、おかめっぐ君が、歌うように語りだした。
「自然豊かなお山、八定山に、みなさまの笑顔と購買の喜びのために、ショッピングモールが誕生。ショッピングモールは、なんとあのベンチャーで有名おなじみ、菊野三郎が作ったよ」
彼の声は胸を、脳内を震わせてくるほどに美しかった。これは歌うプロ、ミュージカルの俳優でも雇ったのではと、疑うことを避けることができない。
「なんだって? すごい。びっくり。どんなところ?」十二人が、大袈裟なほど驚いたリアクションをとる。
「日本一、いや世界一大きなショッピングモール。八定山への感謝と、『社会と経済発展への無限の希望』をテーマにもした8の字の形の、二階建て、地下もあるモール。あのよく大きさの比較に出てくる都内にあるドームが約5haなら、こちらは三層を合わせてだけど、それを8倍にしての約40ha。ギネスな記録に応募する予定だよ。
そこのあなたが望むものは、何でも取り揃えています。食品、衣服、ジュエリー、雑貨、本、なんでも。日常生活に必要なものが欠けていることはまずありません。なければ、職員全身全力で、どこよりも最速にお取り寄せします」
「はい。お取り寄せします」十二人が大きな声を合わす。
「あなたが行きたいところ、レストラン、映画館、ジム、メリーゴーランド、たぶんなんでもあります。揃っていないとご不満、揃えてほしいとご要望があれば、気兼ねなく教えてください」
「はい。わたしたちは、お客様の声が大好きです」
「八定ショッピングモールに来てください。八定ショッピングモールへの無料送迎バスが、全国に八か所あります。行きも、帰りもタダ。あなた様の笑顔が運賃です」
「あなた様の笑顔のために」
その十二人一同の声の後で途端に、カントリーな曲が陽気さと速度があがる。おかめっぐ君はタンバリンを振りながら軽やかに、華麗な足捌きで踊りだす。またもや、「プロ」と付けたくなる、ステップダンサーの動きにしか見えない。
「H、A、C、I、S、A、D、A」
おかめっぐ君は綺麗な発音で早口に述べながら、合わせて素早く四肢を動かして、身体で述べるアルファベットの形を作る。述べ終えると、数秒の間、直立不動となってから、タンバリンを高らかにあげた。
「
英語圏育ちの者の発音で、おかめっぐ君は声をあげて、再び踊りだす。十二人も楽器を抱えながらで、彼の引けを取らない踊りをしだす。
踊りが数分続いた後、おかめっぐ君たちの背後が白い世界から、太陽が眩しい青空へと変わる。カントリーは続く。おかめっぐ君が踊りをやめ、こちらを手招き、「さぁ。みんなで行こう」と声を掛けてきた。おかめっぐ君と十二人は青空へ駆けだし、ジャンプして、飛行機のように両腕を広げて青空を飛びだす。
おかめっぐ君たちは笑いながら、街並みの上を通り過ぎていく。遠い先に緑色の樹々に包まれた小山が見えてきて、「あれだ。あれが八定山だ」と声を合わす。小山に近づいてくると、そこの中場辺りに8の形をした建物が見えてきて、おかめっぐ君たちが指をさした。
「八定ショッピングモールだ」
おかめっぐ君たちは大きな声でいった。飛ぶ速度があがり、一気に建物に近寄る。
建物の真下となれば、真下には建物の前に厖大な数の人間たちが密集している。厖大な数の密集過ぎて、彼らの頭を斑な色した地面かと錯覚しそうだ。彼らはおかめっぐ君たちへ歓声をあげ、手を振っている。彼らは、麦わら帽子を被っていないが、十二人の男女と同じの、女は薄ピンクの、男は黒の背広を着ている。
おかめっぐ君たちは、建物の、大きな観音開きの扉の前に降り立つ。彼らの周りに、建物の前に集まっていた者たちが、笑顔で駆け寄り集う。
おかめっぐ君は空に向かって両手を大きく広げ、こちらを見てくる。
「みなさん。ぜひ、八定ショッピングモールへ来てください。開店は午前六時から、閉店は午前一時まで。八定ショッピングモール職員一同、年中無休、元旦なんかなし、笑顔でお待ちしています」
おかめっぐ君と集う者たちが一斉に、こちらへ深々と頭を下げて、「よろしくお願いします」と声高らかにいった。終わりを暗示させるギターのリズムが奏でられ、カントリーな曲が止まり、この世界がまた真っ黒になって、そしてテレビの砂嵐となった。
護は口を開けた。バスに備わるテレビを見つめ、「今流された映像は何だったのか」と思い、瞬く。眠りから覚めたはずだが、まだ寝ているのかと疑い、額に手を当てる。
「あの。護さん、ごめんなさい。起こしちゃって」
左から紫雨の声がした。護は左を見れば、紫雨が怯えた顔をしている。そしてそのまま下を見れば、自分の左手が彼女に握りしめられている。
ああ、そうだ、と、護は思い返す。仮眠をとっていたら、急に身体を揺すられ、起こされ、「手をつなぎたい」と頼まれた。寝ぼけた頭ゆえに、考えるなしに承諾をしてしまった。――今、自分は起きているので、間違いないのだ。
続
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