三幕 NOBODY NEEDS 不愉怪 8

「二年前に、高佐さんはケントさんから情報を得られた。それで、警察には、姉さんたちが八定ショッピングモールで失踪した可能性があると伝えたのですか?」

 護が質問すれば、高佐からすぐに首を横に振られた。腕を組み、首を傾げさせる。

「どうして?」

「ケント君に教えられて、ケント君を連れて警察へ行こうと考えた。だけども、あの時点で警察へ行くのは良策ではないと判断したからだよ。二年前に、警察は火弥山を既に調べに調べ尽くし、そこからは八定ショッピングモールと結びつける証拠は何ひとつ見つけだせていない。警察にケント君の情報を与えても、稚恵たちが八定ショッピングモールへ行ったという物的証拠がない。ケント君が考えたように、『稚恵たちは予定を変更して、火弥山へ行った』とされても仕方がない。八定ショッピングモールへ行ったと示せる物的証拠があれば、警察は動いただろうが」

 行ったと示せる物的証拠――四年前に使っていた携帯電話を、護は思い浮かんだ。そこに、姉からのメッセージが刻まれている。

 護は胸が痛くなって、服の上から胸を掻いた。高佐から気にとめられることなく、続けられる。

「それに、八定ショッピングモールはやっかいなのだよ」

「やっかい?」胸の痛みは続く。それを表には出さないよう、平然を装って、護は聞き返してみせた。

「八定ショッピングモールは私有地だ。その所有者は、菊野大財閥。例えるのなら、その廃墟は、菊野大財閥が所有する家のひとつのようなもの。菊野大財閥は知っているかな?」

「ええ。少しは。ネットから、八定ショッピングモールを設立したのが、その菊野大財閥のひとであると」

「菊野大財閥は、あの有名なO造船会社や、T不動産、Z建設会社を所有する。国内、国外でも多くの土地と株を所有する大金持ち。ただの大金持ちってだけじゃなく、菊野という姓ではないが、その一家の血筋の者が政界人でもある。権力のある一家だ」

 O造船会社、T不動産、Z建設会社と、どれも護は知っていて、驚かされる。どれも、大がつく一流企業で通っている。そんな企業を所有し、政界と関わるなんて、オゾン層を悠々と越える、ぶっ飛んだ存在に思える。

「そんな菊野大財閥が所有する場所を、何も物的証拠なく、警察が捜索することは非常に困難だ」と、高佐ははっきり述べた。「警察から、『そちらのお宅の中で、事件が起こった可能性があるから、捜索させてください』なんて、大財閥一家からしたら不名誉で、世間の醜聞になることだ。物的証拠があっても、そう易々と捜索させてなんかくれないだろう」

「そうでしょうかね? ネットで調べましたけど、八定ショッピングモールを設立した……確か、菊野三郎という方は、八定ショッピングモールが閉鎖された後は、貧しい国々を飛び回る慈善活動家として、病で亡くなるまで活躍したとか。慈善活動家で名高い人物がいた財閥ですから、頼めば、捜索させてくれないなんてことないかと」

 高佐が拳を口に当てて笑った。さも愉快そうに、護は見えて、何がそんなに愉快なのかさっぱり分からなくて、顰めさせられた。すると高佐は笑いを堪え、謝ってきた。

「滑稽に思えて、笑ってしまった。護君のことではないよ。財閥一家、がね。財閥一家が警察からの捜索を拒むのを想像したからで、俺は何もしなかったわけじゃない。俺は稚恵たちが八定ショッピングモールで失踪した可能性があるから、個人での調査を許可してほしいと財閥に頼んだ。――断固として拒否だった」

「財閥にケントさんが鍵を渡したことは教えたのですか?」

「いいえ」

「何で教えないのですか? それを教えれば、拒否しないかと」

 高佐は口元を笑ませた。

「そう簡単にね、財閥にその情報をいえない。ケント君からその情報を教えてもらう時、財閥にはいわないという条件でもあった。もしもあの時の『物的証拠が何もない、八定ショッピングモールで失踪したと決定的に断定できない状況』で、財閥にいったら、ケント君はその情報を嘘だと惚ける、事件解決の手伝いをしないとまでいってきた。それに、ケント君が稚恵たちに立ち入りの許可をし、鍵を与えたことが財閥に知れられたら、契約により莫大な損害賠償金を財閥に支払わないといけない。――ケント君曰く、『物的証拠が出て、自分の逮捕が確定になった時なら、財閥に何を教えてもいい』とのこと」

「警察と関わりたくないとの口実の次は、賠償金を払いたくないからですか」

 護は呆れ果てる。ため息がでた。

「ケント君は俺に協力してくれている、味方だよ」

「味方ですかね?」

「うん。味方だよ。ケント君は物的証拠が見つかって、八定ショッピングモールで事件が起こったと確定したら、責任を取る、逮捕されるのも拒まないと約束してくれている」

「そんな約束、信じられませんね」と、護はいって、せせら笑う。

「ただの口約束じゃない。俺は口約束で、約束したとは認めない。ケント君には、しっかり約束してもらった。その約束からは逃れられない」

 口約束じゃない約束とは、どのような約束であるのかを、護は詳しく知りたい。教えてくれと頼んだが、高佐からは「内緒にしておかないといけない。大事な切り札だから」との理由で断られ、その話から逸らすように喋りだした。

「ケント君に関する情報を財閥に与えるなら、まず最低でも先に警察に与えてからでないといけない。財閥はケント君を黙らせる行動に出る可能性がある」

「黙らせる行動?」

「八定ショッピングモールを閉鎖に追い込ませる騒動があった時、君も知る慈善活動家になった菊野三郎は、金、交友関係を使い、『汚い』と思える手段で騒動を静めさせようとしたそうだ。――ごらんよ。今を。その騒動に、彼が遭った襲撃事件が世間で有名かい? この今があるのが、その彼の成した証拠だ。ネットで調べても、その騒動や、襲撃について、山ほど出てこないはずだ」

 護は否定できない。奈々が失踪してから今も、八定ショッピングモールに関することをネットでよく調べ、閲覧している。八定ショッピングモールについて調べて、毎回疑問に思う。この廃墟は『おかめっぐ君事件』と、『八定ショッピングモールオーナー銃撃事件』という残酷な二つの大きな事件が起こっているのに、現在では世間で陽にあたることなく、ネットという闇の中でひっそりと潜んでいるだけなのか、と。

(闇に潜む。……財閥から、隠ぺい工作されることを恐れているのか)

 護は疑惑が生じる。この世界で隠ぺい工作だなんて、夢のように思えてしまう。思わず、首を捻らせられる。

「高佐さんは八定ショッピングモールの中で調査したくても、今も調査できずにいる?」

「まぁね」

「俺が財閥に頼むのに力を貸しますよ。今日俺を呼び出したのは、俺に口添えを頼みたいからでも?」

 いいえ、と高佐はきっぱり否定した。「護君が一緒に頼んだところで、財閥は許可をくれたりしないね。俺が一年以上頼み、泣き、土下座をしても、同情を少しもすることなく、断固拒否。挙句の果てには、『これ以上関わってくるな。これ以上関われば、弁護士を呼ぶ』と、俺にだけではなく、俺の会社にまで通達する」

 そこまで拒否するなんて。本当のことですか――と、護は訊ねさせてもらえなかった。高佐が手にする煙草を握りしめ、その拳となった手でテーブルを叩いた。

「このような対応からもね、絶対に稚恵たちは八定ショッピングモールで失踪したのだと確信させられる」



 続

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