三幕 NOBODY NEEDS 不愉怪 7

 今日は全て俺のおごりだよ。だから好きに食べ、飲んで良いよ、と高佐から気前の良い台詞を貰った。店内でランチメニューを注文する声があがりだした頃であった。

 貧乏学生且つ、ひとりで何とか食いつないで生きている身にとっては、喜ぶべきことなのだろう、と護は思う。だが、喜びはゼロであった。

 注文する声があがる頻度が減りだした、午後一時間近である今も、護は何かを注文する気がない。この店におけるカフェラテは未だにかなり残ったままで、飲み進まないでいる。高佐がクラブサンドイッチを早く食べ終わらないものか、と待ちわびていた。

「何も食べなくていいの?」高佐がクラブサンドイッチを食べ終わってから少し経過した後、グラスに入る氷が浮かぶ水を飲んでから聞いてきた。

 護は頷く。「お腹が空いていない」と説明をして、もう頃合いが来ただろうと考えた。――待ちに待った質問を開始することにする。

「高佐さんが今日俺を呼び出した目的は、改めて何ですか?」

 優しさを感じさせる瞳を、高佐は向けてくる。心情の問題、精神状態とか、抱える理由がどうであれ、許されない過ちを犯している自分に対して、彼は何でこのような瞳を向けられるのかが、護は不気味であった。果たして、同情、寛大、もしくは慈悲から成せる瞳なのか。何か隠された意図があると疑ってしまう。また、本心をひた隠しているのではないかとも。

「今日、護君を呼びだした第一の目的は、護君への謝罪。第二の目的は、護君と護君のお母さんの近況を知るため。第三の目的は、何で護君が、稚恵たちが八定ショッピングモールへ行ったのかを知っているのか、を知るためだね」

「この三つが目的ですか?」

 高佐は三つの指を顔の横で立てて、頷く。護は疑いが消えない。

「高佐さんは二年前に俺の発言の意味を気がつかされたのに、すぐに謝らなかった」

「うん。そうだね」

「それは『謝るタイミングが、二年も延びた』とか、『償いが整うまでに、二年がかかった』から」

「そう。まさに、そう。ただ単に俺が謝って、護君は心が少しは晴れる?」

「いいえ。ちっとも」と、護はすぐさま答える。

「もし俺が護君なら、そうだろうと想像した。だから俺のすべきこと――償いをしてから、護君の前に現れるべき、謝るべきだと思ったのだよ。君の心を少しは晴れさせたいから」

「『償い』に拘っていますね」

「ああ。俺は償わないといけない身だ。既に教えたじゃないか。俺は稚恵がいなくなれ、と愚かに願っていた。俺の願いは成就してしまった。そんな願いなんかしなければ、稚恵たちはいなくなってしまわなかったかもしれない。俺のせいで事件が起こってしまった気がしてならない。護君だけではない、護君以外の事件被害者関係者全員に償いがしたい」

「ただ願ったからで、そこまでの過ちを感じますかね? 別に高佐さんが願ったからで、事件が起こったわけじゃないかと思いますが」

 高佐は深く頷く。

「もしも俺が願わず、稚恵への接し方を変えたりしていたら、あの肝試しへ行った時の稚恵とは必ず違いはあった。俺にどこへ行くかを教えていたかもしれないし、肝試しへ行かなかったかもしれない」

 護は閉口させられた。目の前にいる人物が偽りないとしたら、自分は過ちを犯して、犯し続けていて、惨めで醜い人物に思えてならない。

「すぐに謝りたかったけど、謝れなかった。二年前にケント君から八定ショッピングモールへ行ったと教えられ、護君の発言に閃かされた後、色々とあったから」

 思わず、護は高佐から目を逸らした。胸が苦しくなったから。これは、「俺はずっと教えなかった」という背徳感による苦しさかと疑う。苦しさを紛らわすためにも、話を続けさせたい。

「色々あったとは、気になりますね。詳しく教えてもらいたいです」

 うん、と高佐はいったものの、それからすぐに続けなかった。なので、護が続けることにした。

「気になっていることばかりです。そのケントさんは、姉さんたちが八定ショッピングモールへ行くと知っている。そこの警備員だとか、鍵を渡したとかで」

 ああ、と高佐が相槌をくれる。

「ケントさんは事件解明のためにその情報を提供しに、警察へ行かなかったのですか?」

「うん。行かなかったね」

 何故、と護は尋ね、顔をあげる。高佐は火のついていない煙草を指に挟んで、窓のほうへ無表情をやっている。煙草を指先で数回回してから、口を開かせた。

「ケント君は八定ショッピングモールの警備員として働きながら、哲也君にモールに立ち入る許可を勝手に与え、立ち入るに必要な鍵を与えたから。稚恵たちの事件が起こり、その責任追及を恐れ、警察と関わるのを恐れた。ケント君は前科もあってね」

 前科があるという情報に、護は非常に動揺させられる。「前科がある?」と聞き返せば、高佐から見られることなく、頷かれる。

「ケント君は自分の責任で失踪事件が起こったとされ、警察に逮捕され、裁判にでもなったら、前科があるから重い刑罰になるだろう、と考えた」

「つまりは」と、高佐がさらに喋ろうとしていたのが見えていたが、護は大きな声で遮った。「刑事責任を逃れるために、情報提供をしなかった」

 自身にも過ちがある。そんな身で責められる権限はない、と護は理解する。だが、聞いたことが事実ならば、このケントという者が犯した過ちは許しがたい。その者に怒りを抱かせられる。――もしもその者が奈々たちに立ち入りの許可を与えず、鍵を与えなければ、起こりえなかった事件といえるのではないか。

 高佐が護のほうを見て、察してきたのか狼狽えた。「まぁ、まぁ」と、まるで宥めるようにいって、煙草を持たない手の平を向けてきた。

「話を聞いてね。ケント君のいうには、だよ。テレビのニュースを見れば、稚恵たちは八定ショッピングモールで失踪したなんて、ちょっとも出てこない。神隠しが起こる有名な心霊スポットである火弥山で消えた、とだけ。だから稚恵たちは予定変更をして、火弥山へ肝試しに行ったのだろうと考えた。だから、警察にいわなくてもいいと思ったそうだ」

 はい。そうですか。だから、警察にいわなかったのですね――と、護は柔軟に納まれない。全く宥めになってない気がする。宥めるとは、ケントを擁護する意味も兼ねると考えられるので、高佐に呆れる。

「なるほど。警察に関わりたくなかったからだけでなく、火弥山で消えたとも思ったから。警察へ情報提供をしなかったのですね」

 護はわざと棘のある口調でいってみせた。高佐へだけではない。顔の知らぬ、届かぬ相手へ向けてでもだ。

 そうだね、と高佐は答えた。口元をちょっと笑ませてから、視線を落として胸前で煙草を弄りだす。

「鍵についても気になっていて。八定ショッピングモールは鍵がないと立ち入れないのですか?」

 高佐は頷く。

「もちろん。封鎖され、立ち入り禁止にされているからね。鍵がないとするなら、どう封鎖し、立ち入り禁止にするのだい?」

 確かに、と護は納得してから、考えこむ。

 封鎖された廃墟ということは、封鎖するための鍵があるのは当然だ。立ち入り禁止にするくらいだから、警備員も置くであろう、と何となく理解できる。だが、廃墟に警備員を置くとは、些か厳重すぎではなかろうか――。

 もっと考えこもうとしたが、護はやめた。ひとりになった時にいくらでも考えられることだから。

 今は、高佐から話を聞くことのほうが肝心だ。



 続

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