三幕 NOBODY NEEDS 不愉怪 6

 きっと、企んでいたのだろう、と、護はぼんやり思う。――誰かに悪戯をしようとしていたので、間違いない。

 護が小学生くらいの時、自分の家に遊びに来た桃太は、白いベッドスーツを被ってお化けの振りをして驚かしてきた。また、護が中学くらいの時は、怪物のゴムマスクを被って、驚かしてきたこともある。だから高佐の気になることは、大して気になりはしない。桃太らしいなと思う出来事があったのだ、と知った感じだ。桃太を懐かしがらせる。

 懐かしむ先に、苦しみしか、護には待ち受けていない。懐かしむのをやめるために、カフェラテを一口飲む。マシュマロが取り除ききれていないこれ、かなり甘い。

「また、稚恵たちは、他のメンバーには、『肝試しへ絶対参加すると約束しないものには、どこへ行くかを教えられない』といっていたことを知った。俺はそれを妙に感じた。――何で絶対に行くと約束できない者には、どこへ行くのか教えられないのか。――まるで、行くと知られれば、ひとから止められる場所へでも行くような。行ってはいけない、まずい場所へでも行くような。火弥山は、確かに『神隠し』とされる出来事があった場所で、ひとによれば、そこへ肝試しに行くと知れば、『神隠しが起こったとされる危ない場所だから、肝試しに行くのをやめなさい』と止めるだろう。だけど、涙腺黒バットのメンバーで、そんな神隠しを信じる親切なお年寄りのような者はおらず、止めに入る者はいないだろう」

 涙腺黒バットのメンツを護は思い出して、つい失笑した。

 常識の欠片もない連中だ。四年前に自分がいた事情聴取中に、彼らも見参した時、彼らは失踪した者たちが死んでいると扱い、「追悼だ。レクイエムだ」と、突然に歌いだそうとして、刑事たちに怒られ、逆上した。なので、高佐に同意しかできない。

「ましてや、火弥山は一年中、肝試しをする者たちが往行していて、観光地としても扱われる。だから、他人に隠さないといけないほど、行ってはいけない場所でもない。だから、俺は妙に感じたのだね。――また、火弥山で肝試し以外にも、ひとに秘密にしないといけない目的があって行くから、内緒にしているとも考えもした」

 肝試しをする以外にも何か目的があった、と護は反芻してから、首を横に振らせられた。

「ひとに内緒にしなくてはいけないこと、例えるなら悪さもするから、肝試しへ行った可能性がある、と高佐さんが考えるのならば、それはないですよ。悪さをするなら、俺の姉さんは桃太さんから肝試しに誘われませんよ」

「ほう。何で?」と聞き、高佐は唇を曲げ、腕を組んだ。

「桃太さんは姉さんの幼馴染で、姉さんがただ単に真面目なだけでなく、面倒で、やっかいな性格を知っています」

「はぁ。面倒で、やっかいとは、初めて聞いたな」

「そうでしたか。友達が少ないのが良い証拠。悪いことをする目的があると姉さんが知ったら、姉さんは悪さをするなんて決して許さず、喧しくなったりして、悪さをするのに邪魔になる」

「なるほど」

 間違いないのだ、と護は頷いてみせる。弟の自分だって、姉がやっかい、面倒だ、と思うことは数知れずあった。詳しく語ることはせずに、高佐に話のさらなる続きを求めた。

「内緒にしなければいけない目的地ならば、はたして火弥山が目的地であったのかと疑った。警察の調べでは、火弥山に稚恵たちがいたと形跡になる証拠は、稚恵たちが乗車していたハイエースだけ。その他には、何も形跡がない。神隠しに遭ったと世間を思わせる失踪だ。俺は『神隠し』なんてものは信じない。だから、俺は考えた。稚恵たちは火弥山ではない別の場所で肝試しをし、そこで良からぬ人間に遭遇し……」いって、高佐が口を閉ざし、目つきを尖らせ、間を置かせる。息を吐いてから、「事件に巻き込まれた。そして、その良からぬ人間が捜査を攪乱させるために、稚恵たちのハイエースを火弥山へ移動させた。稚恵たちが火弥山で失踪したと見せかけるために」

 高佐が置いた間を、護は察する。事件に巻き込まれた被害者の最悪の結末を想像したのだろう。その間に、自分は想像させられた。奈々がそういう結末を迎えていると、頭のどこかでは、随分と前に考え至り、継続している。――最初は、火弥山で、を想像していた高佐とは違い、最初からそれは八定ショッピングモールという舞台で。

 護は胸が苦しくなり、俯いた。

「そうですか。このようにして、火弥山以外の場所で姉さんたちは失踪したと、高佐さんは疑いだし、俺の発言を思い出して、姉さんたちは八定ショッピングモールへ行ったと閃いたのでしょうか?」

 いいや、と高佐はきっぱり否定した。

「違うのですか」

「うん。護君の発言から閃かされたのは、もう少しか、もっと後だね。俺は別の場所に肝試しへ行ったと疑いだして、事情聴取に呼び出された稚恵たちの関係者、親族について再調査をすることにした。その前までは、俺も同じく事情聴取で呼び出され、肩を並べながら話を聞いたりして、彼らから得た情報は十分に思えていた。だけど、不十分かもしれないと思って。その再調査のお陰で、今から二年前に、弓中哲也のいとこと知り合うことになった。――彼から稚恵たちが、八定ショッピングモールへ肝試しに行ったことを教えてもらった」

 えっ、と護は思わず声をあげた。奈々たちが八定ショッピングモールへ行ったことを知る人物が、自分以外にもいたことに、困惑させられる。

 弓中哲也のいとこに関して、護は記憶を辿ったが、誰のことなのか検討つかなかった。事情聴取の際や、それ以外の時での事件被害者の関係人物と関わる際に、その人物と出会ったこともなければ、その人物について誰かから聞いた記憶もないと絶対に思う。

「そのいとこの方は、被害者関係者として、事情聴取で呼び出されたりしていたのですか?」

 高佐は首を横にゆっくりと振った。目の前にあるカフェラテのほうを見て、鼻から音をさせて空気を吸い込み、表情を消した。高佐は考え事をしていそうに、護には何となく思えた。高佐の出方を待たずに、護は先に打って出る。

「そのひとは、何ていう名前ですか?」

「弓中ケント」と、高佐は声の音量を少しだけ落として教えてきた。

「初めて聞いた名前です。そのひとは、どうして姉さんたちが八定ショッピングモールへ行ったことを知っているのですか?」

 高佐がこちらを見てきて、黙り込む。教えようか迷っているのか、悩んでいるのか。教えたくないって感じも、護には伝わってきた。「知りたいのですけど」と護は迫った。すると高佐は護からまた目を逸らして、開口してきた。

「弓中ケント君は、その八定ショッピングモールで警備員の仕事をしていたのだよ。それで弓中哲也君から八定ショッピングモールに肝試しへ行きたいと頼まれ、許可して、そこに入るための鍵を渡した」

 不可解な言葉が幾つも耳に入ってきて、つい護は首を傾げた。

(……廃墟に警備員? 許可して、鍵を渡した?)

 不可解。不可解、としか、護は思いようがない。高佐が教えてきたことが、あまりに不可解。教えてきたことを噛み砕いて考えだそうとする前に、高佐がそれを阻止するように口を開けた。

「今から凡そ二年前に、弓中ケント君から稚恵たちが八定ショッピングモールへ行ったと教えてもらってね。それで、はっとさせられたのだよ。そういえば、護君は『はち』とか、『モール』だとかいっていたと思い出し、それは八定ショッピングモールを意味していたのではないかと閃かされた。その前までは、あの時の護君の発言は、取り乱しての発言だと考えていた。『はち』とは昆虫の蜂や、植木鉢の鉢だとか。『モール』とは、あの時の護君のいい方からだと、護君の名前の護を上手くいえないでいるのかと受け取ってしまっていた。――こうして護君の発言を思い出して、伝えたかった意味に閃かされた。あまりに遅すぎの今から凡そ二年前になってね」

 と、高佐は解答を寄越してきたのだった。話に一区切りを置いたのだろうか、カフェラテを飲みだす。飲み切った後、事件に関わることに触れずに、「腹が減ったな」とぼやき、メニューを開いて眺めだした。

 護は、不可解が頭の中いっぱいに籠っていた。この不可解を頭から撤去するのには、なかなか時間がかかりそうだ。



 続

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