三幕 NOBODY NEEDS 不愉怪 5
「もうちょいかけちゃいます?」
ウエイトレスの発言に、護は顰めさせられた。彼女が手にするキャラメルソースのボトルを見てから、コーヒーカップの中からできあがる、キャラメルソースが満遍なくかけられた小粒のマシュマロが積み重ねられた山を見る。――これ以上、甘くさせる必要あるのか、と疑う。
そんな必要ない、と護は手を横に払い振るって、彼女に教えた。
「君、俺にはたっぷり頼むよ」高佐がウエイトレスに声をかける。彼の前にある、護と同じものに、遠慮なくキャラメルソースがかけられた。ウエイトレスが立ち去るなり、キャラメルソースまみれのマシュマロを黙々とスプーンで掬い食べだし、あっという間に平らげてしまった。そして山の下に隠されていた黄土色の液体を啜りだす。
その様子を見届けてから、護はマシュマロの山と対峙する。これは、この店のメニューでは「カフェラテ」という名で、飲み物の欄にあった。自分の知る同じ名前の飲み物と、かなりかけ離れている。
(甘いものなんか嫌いなのに。騙された感じだ)
護はため息をつく。スプーンでマシュマロを掬い、コーヒーカップの受け皿に移して、コーヒーカップの中から撤去させていく。と、高佐から呼びかけられた。
「護君が警察にいわなかったことを責めないよ。何でいわなかったのかを理解できるから」
高佐が同情する眼差しをくれた。護はスプーンを動かすのを止め、高佐を真っ直ぐ見る。
「俺が原因でもあるだろう。俺から受けたことが、警察からも受けるのではないか、と護君は疑心暗鬼だったのではと思える。俺へ強い恨みと怒りを抱いていると感じさせる、君のその目からといってもね」
どうなのだろう、と護は首を傾げさせられた。
高佐が原因なのか。誰にも相手にされないとは、確かに想像はした。高佐へ恨みと怒りはあるが、それほど強くはないだろう。抱く恨みと怒りについて深く掘り下げていこうかとしたが、嫌になってやめた。
「質問してもいいですか?」
と、護は切り出すことにした。手にするスプーンを、コーヒーカップの上で無造作に振りながら。
「何だい?」
「高佐さんはいつ頃になって、俺の四年前の発言が気になり、俺の伝えたかった意味に気が付いたのですか? こうして今日になって呼び出したからには、きっとつい最近のことなのでしょうが」
高佐は苦笑した。
「いいや。つい最近ではないね。凡そ二年前になって、護君の発言を思い出して、伝えたかった意味に閃かされたとでもいおうかな。だけど、謝るタイミングが二年も延びてしまった。君の前に現れて、償いができるのが整うまでに、二年がかかったともいえる」
「あの。いっている意味がよく分かりません。何で閃かされたのかを詳しく話してください」
もちろん、と高佐は答えた。
「四年前に事件が起こってからの半年後からかな、何となくだけど、このままだと稚恵たちは姿を消したまま、見つからない感じがした。――世間では、稚恵たちの事件が起こると、神隠しに遭ったという流れで始まり、半年経つと稚恵たちの事件の話題が出ることもめっきりと減っていたから。それで、自分でも事件の調査をしていこうと決めた」
衝撃的であった。約三年と半年前から、事件の調査を独自にしていたなんて、護には、衝撃的で、全身の動きをとめさせられた。
(何で、もっと早くに、事件の調査をしていたことを教えてくれなかったのだ……)
護は手にするスプーンを置いた。そうしないといけない気がした。それからで、相槌をやった。
「まずは、どのような経緯で、稚恵たちが火弥山へ肝試しをするに至ったかを知るために、失踪した人物の関係者たちに尋ね回った。俺たち親族が、稚恵たちがどこへ肝試しに行くのかを知らなかったように、稚恵たちは、涙腺黒バットの他のメンバーや、友人たちにも、どこへ肝試しに行くかを内緒にしていて、誰も行先を知らなかった。――誰も、稚恵たちが火弥山を選んだ経緯を知らなかった」
「あの。俺の姉さんの友人にも聞いたのですか?」
「もちろん。奈々さんは、その」いって、高佐は気まずそうな顔をした。「あまり沢山お友達がいなくて、数人くらいしか聞けなかった」
だろうな、と護は納得する。あの事件が起こった当時や、それ以前から、奈々には友達は五人もいないと知る。高佐に話の続きを促した。
「だけど、稚恵たちが属する涙腺黒バットの他のメンバーの二名から、気になる情報を貰えた。稚恵たちが肝試しへ行く数週間前、コンサートのリハーサルの合間に、千理桃太君が雄の鶏の着ぐるみっぽい服を隠れて着ていたのを二度見かけたと。彼らが何をしているのかと聞いたら、『新しい趣味』とかと、何だか誤魔化してきた。だから、彼らは、千理桃太君が誰かに悪戯でもしようかと企んでいるのかなぁと考えたそうだ」
「へぇ。千理桃太さんがそんなことを」
千理桃太――と、護はフルネームを声にしてだすのは、久しぶりであった。しかも、フルネームに「さん」付けで呼んだのは初めてで、変な心地にさせられた。
――桃太郎。
護は心の中で呼びなおす。しっくりくる。そう、彼をこのあだ名で呼んでばかりであったから。
続
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